怒られました
翌朝。
店はすでに開いていた。ノエルは少しだけ早く降りてくる。首元に触れる。――消えていない。この前の感触まで、まだ残っている気がした。
(……最悪)
小さく息を吐いて、いつも通りの顔を作る。
「……ルーク、おはよ」
声をかける。
ルークは一瞬だけこちらを見た。
その視線が、ほんのわずかに――止まる。
首元。
一拍。
それから、何事もなかったように外れる。
「おはようございます」
丁寧な声。
他人みたいな距離。
ノエルの指先が、わずかに強く握られる。
(……なに、それ)
「……あのさ、この前は――」
言いかける。
だが。
「準備がありますので、失礼します」
被せるように切られた。
一切、間を与えない。
ルークはそのまま背を向ける。
逃げるようでもなく、ただ淡々と。
「……っ」
ノエルの言葉が、宙に残る。
そのまま、消える。
「……見ました?」
横を見る。
姐さんが腕を組んでいた。
「見たわよ」
即答。
「完全に怒ってるわね」
「違うんです」
反射的に返す。
「私、別に――」
言いかけて、止まる。
首元に触れる。
(……これ)
一瞬、言葉が詰まる。
姐さんの視線がそこに落ちる。
「……あー」
すべて察した顔。
「やったわね、あんた」
「やってません」
即答。
「……第三王子です」
間。
姐さんが深くため息をつく。
「はぁー……」
「キスマークつけて帰ってきたら、そりゃ怒るわよ」
「……キスマーク?」
ノエルが、きょとんとする。
「なんですか、それ」
沈黙。
姐さんが、ゆっくり顔を覆う。
「ほんとに知らないのね……」
「知らないです」
即答。
「男に首にキスされた跡よ」
「……は?」
理解が、一拍遅れて追いつく。
ノエルの顔が、じわじわ歪む。
「……あの人、最悪」
ぽつりと零す。
でも。
言ったあと、少しだけ眉が寄る。
(……違う)
胸の奥に残ってるのは、それじゃない。
ちらりと、キッチンを見る。
ルークの背中。
一度も、こちらを見ない。
さっきの視線。
一瞬だけ、止まったあれ。
(……なんで)
胸の奥が、ざわつく。
「とりあえず文句言ってきます」
「誰に?」
「第三王子」
即答。
姐さんが呆れる。
「キレるとこ違うわよ」
「合ってます」
言い切る。
でも。
その視線は、またルークへ向いていた。
一度も振り返らない、その背中に。
どうしようもなく。
――腹が立った。




