見てくれませんでした
翌日。
国は、さらに大きくノエルを称えた。――英雄。その言葉は、一晩で広がりきっていた。
朝。店の前には、昨日とは比べものにならないほどの人が集まっていた。
「本当にここなんだろ?」「英雄様が働いてるって……」
ざわめき。押し寄せる期待。
扉は、開けられない。
「……あんた、絶対出るんじゃないわよ」
姐さんが、きっぱりと言う。
「でも――」
「でもじゃない」
一歩も譲らない。
「あんたは見せ物じゃないの」
前と同じ言葉。でも、前よりずっと重かった。
ノエルは、何も言えなくなる。
「裏、行きなさい」
短く、命令だった。
――その日。ノエルは一度も店に出なかった。
皿を洗う。野菜を切る。火の前に立つ。運ぶ。また洗う。
ひたすら、動く。
「ノエル!それ終わったらこっち!」
「はい!」
考える暇を、与えられない。
(……いい)
これでいい。
動いていれば、何も考えなくて済む。
それでも。
ふとした瞬間に、聞こえる。
「英雄様、いらっしゃるんですか?」「一目でいいんです!」
胸の奥が、ざわつく。
(……ここにいるのに)
すぐ近くにいるのに。
誰にも、見えない場所にいる。
そして。
カウンター越し。
「お待たせしました」
ルークの声。
丁寧で、落ち着いていて、いつも通りのはずなのに――違う。
(……遠い)
一度も、視線が合わない。
名前も呼ばれない。
「……ノエル」
呼ばれたと思って、顔を上げる。
違った。
別の客だった。
「……っ」
小さく息を吐く。
(……なんで)
意味が分からない。
イライラする。
理由も分からないのに。
「ノエル!ぼーっとしない!」
姐さんの声。
「すみません!」
慌てて動く。
包丁を握る手に、少しだけ力が入る。
「っ」
危うく、指を切りかけた。
「……危ないわね」
背後から、姐さんの声。
「……大丈夫です」
即答する。
大丈夫じゃないのに。
その様子を。
ルークは――見ていなかった。
一度も。
それが。
どうしようもなく、腹が立った。




