ムカつきました
扉の前で、しばらく動けなかった。足音は、もう聞こえない。
「……」
胸の奥が、妙にざわつく。意味は分からない。ただ、さっきの空気が離れない。
気づけば、階段を降りていた。
キッチンの灯りは、まだついている。
「姐さん」
声が、少しだけ掠れた。
姐さんは振り返る。「あら」一目見て、眉を上げる。「ずいぶんひどい顔してるわね」
ノエルは何も言い返さない。そのまま、すとん、とその場に座り込んだ。
「……なんか」
ぽつりと。
「意味わかんないんですけど」
姐さんは何も言わない。ただ、鍋をかき混ぜながら聞いている。
「……あいつ」
小さく、吐き捨てる。
「なんであんな顔するんですか」
言ってから、少しだけ眉を寄せる。
「……いや、違う」
首を振る。
「なんでっていうか」
言葉が、まとまらない。
「……なんか、ムカつくんです」
ぎゅっと、手を握る。
「別に……何もされてないのに」
視線が落ちる。
「……なのに」
そこで、止まる。それ以上は、出てこない。
姐さんが、ふっと息を吐く。
「はいはい」
軽く言う。
「で?」
ノエルは顔を上げない。
「……なんでですか」
ぽつりと。その声は、さっきまでよりずっと小さい。
姐さんは少しだけ笑う。
「知らないわよ」
即答。
「自分で考えなさい」
ノエルが、むっとする。
「……冷たい」
「優しくしてほしいの?」
間。
ノエルは、何も言わない。
姐さんは、それを見てくすっと笑った。
「じゃあ、やめとく」
鍋の火を弱める。
「中途半端に教えると、あとで面倒だから」
一拍。
「ちゃんと気づきなさいよ」
ぽつりと。
ノエルは答えない。ただ、膝を抱えたまま、ぎゅっと小さくなる。
胸の奥のざわつきは、消えない。
(……なんで、あんな顔するの)
考えても、答えは出ない。
けれど。
思い出すたびに、また少しだけ、腹が立った。




