意味がわかりませんでした
扉を開けた瞬間、空気が止まった。店内には――あの旅人の女と、ルーク。たった、それだけ。ノエルの目がすっと細くなる。ほんの一瞬で、表情が変わった。
「ノエル!!!!」
ルークの声が弾ける。「今までどこ行ってたんだよ!」すぐに距離を詰めてくる。その顔は明らかに怒っていた。だが、ノエルは見ない。何も言わず、そのまま横を通り過ぎた。
「――おい」
呼び止める声も無視して、キッチンへ入る。
「ちょっと!!!!!」
姐さんの声が飛ぶ。「あんた外泊って聞いてないわよ!?」
ノエルはぴたりと足を止め、それから振り返らずに頭を下げた。「ごめんなさい。今日は、少し疲れてしまって……説教は、明日聞きます」
それだけ言って、そのまま奥へ。完全に、ルークを無視した。
「……は?」
小さく漏れる声。姐さんがため息をつく。「……あーあ。こりゃ荒れるわね」
階段を上る音がコツ、コツと響く。ドアに手をかけた、その瞬間。
「ノエル!」
後ろから声。振り向かない。そのまま閉めようとするが――「待てって!」手がドアを押さえた。止まる。無理やり開かれる。
ルークが入ってきた。
「……出て行って」
冷たい声。ルークの眉がぴくりと動く。「意味わかんねぇよ」低い声で返す。ドアが閉まり、月明かりが部屋を照らした。
「なんで一人で魔物討伐なんて行ったんだよ」
抑えているのに、抑えきれていない声。
ノエルは顔を上げる。「関係ないでしょ」
即答。空気が凍る。
「……は?」ルークの目が揺れる。「関係あるだろ」一歩、近づく。「四日だぞ。四日もいなくて、何も言わずに帰ってきて」
「……だから?」
被せるように返す。冷たい。あまりにも。
ルークの中で何かが切れる。「……ふざけんなよ」
言い合いになる。距離が詰まり、空気が荒れる。
そのとき、ルークの視線が止まった。――首元。一瞬、呼吸が止まる。
「……おい」
声が落ちる。さっきまでと違う、もっと低い声。
「それ」
ゆっくりと指が上がる。触れはしない。だが確実にそこを見ている。
「……男かよ」
沈黙。
ノエルの目がわずかに細くなる。一瞬の間。それから。
「……ルークだって」
一歩、踏み出す。距離を詰める。
「あの女の人と、楽しそうにしてたじゃない」
真っ直ぐに言い返す。
ルークの目が見開かれる。「は?」
「見てたから」
短く。
「毎日、同じ時間に」
空気が変わる。理解が追いつく。
「……お前」
ルークの喉が動く。
ノエルは視線を逸らさない。
「別に。ただの客でしょ?」
沈黙。
ルークはしばらく何も言わなかった。それから――
「……そうかよ」
それ以上、聞くのをやめたように。
短く、それだけ。
さっきまでの怒りは、もうなかった。代わりに、どこか引いたような声音。
ノエルの胸が、わずかにざわつく。
ルークはそれ以上何も言わずに背を向けた。ドアへ向かう。
止めない。止められない。
「……」
手が、少しだけ動く。でも――声は出なかった。
カチャ。
扉が開く。
「……勝手にしろ」
ぽつりと、それだけ残して。
ルークは、出ていった。
バタン。
音が、やけに大きく響く。
静寂。
ノエルは動かない。ただ、さっきの声と、あの距離だけが頭に残る。
(……なに、あれ)
分からない。でも。
胸の奥が、ひどく落ち着かない。
「……やだ」
小さく、零れた。
その意味を、まだ自分でも分かっていなかった。




