規格外でした
魔物が大量発生している地域。
王都から離れた高山地帯。
空気は薄く、風は鋭く、静寂はどこか歪んでいる。
――生き物の気配がない。
その異様さが、すべてを物語っていた。
第二騎士団は、山の麓に展開していた。
だが。
「……こんな装備で本当に行くのか?」
「食糧も足りてない……長期戦になったら終わりだぞ」
「傷薬も、この数じゃ……」
「はぁ……なんでこんな急に……」
不安が、じわじわと滲み出ている。
誰もが分かっていた。
――準備が、足りていない。
その中で。
「空気悪いねぇ〜」
場違いなほど軽い声。
アルシオンだった。
隣で、ノエルは静かに山を見上げている。
「……そうですね」
短く返す。
「ここ一帯の住人は?」
アルシオンは、あっさりと答えた。
「とっくに喰われてるよ」
一拍。
「この先、完全立ち入り禁止区域。人っ子一人いない」
風が、ひゅうと鳴る。
ノエルは、ただ一言。
「そうですか」
それだけだった。
レオニードは、その横顔を見ていた。
(……変わらんな)
いや。
(いや――違う)
幼い頃から知っている。
剣も、魔法も、体術も。すべて叩き込んだ。
誰よりも努力し、誰よりも食らいついた少女。
だが、今。
緊張が、ない。
恐怖も、迷いも。
何一つ。
(……格が違う、か)
結論は、早かった。
そのとき。
ノエルが、前へ出た。
「皆さんは、ここで待機してください」
静かな声。
だが、逆らわせない重みがあった。
騎士の一人が、思わず声を上げる。
「い、いや!さすがに一人では――」
ノエルは、ちらりと振り返る。
ほんのわずかに、笑った。
「巻き込みますよ?」
一拍。
「全部、吹き飛ばしますから」
空気が、止まる。
「それでもよろしければ、どうぞ」
――誰も、動けなかった。
アルシオンが、くすりと笑う。
「すごい自信だね」
ノエルは、即答した。
「えぇ」
一歩。
「すごく、自信あります」
その顔は――
完全に、勝っている者のそれだった。
アルシオンの笑みが、深くなる。
「じゃあ、ここで見学しよっか」
ひらりと手を振る。
レオニードも、静かに口を開いた。
「全員、その場で待機」
視線が鋭くなる。
「英雄の戦いだ。目を逸らすな」
騎士たちが、息を呑む。
「……は、はい!」
ノエルは、もう振り返らない。
ただ一人。
山へと、足を踏み入れた。
――その瞬間。
“ドンッ”
地面が、揺れた。
遅れて。
“ズズズズズ……ッ”
山が、軋む。
「……は?」
騎士の一人が、声を漏らす。
次の瞬間。
――山が、割れた。
大地が裂け、岩が崩れ落ちる。
内側から、何かが“押し出される”。
ギャァァァアアアア!!
魔獣の悲鳴。
羽を持つ異形が、次々と空へ逃げようとする。
だが。
――逃げられない。
地面から、何かが“生えた”。
無数のツタ。
いや。
暴力の塊だった。
一瞬で空へ伸び、魔獣の翼を絡め取る。
締め上げる。
引きずり落とす。
「なっ……!」
「速すぎ……!」
誰も、追えない。
ノエルは、動いていない。
ただ、立っているだけ。
その周囲で。
大地そのものが、意思を持ったように暴れている。
“人間の戦いじゃない"
誰かが、呟いた。
その通りだった。
魔獣が、潰れる。
骨が砕け、肉が裂ける音が、連続して響く。
それでも終わらない。
さらに奥。
さらに深く。
山の中に潜んでいた群れごと――
まとめて、引きずり出される。
「……あれが」
騎士の一人が、震えた声で言う。
「……厄災を、倒した力……」
レオニードは、黙って見ていた。
そして。
ふっと、息を吐く。
「……規格外だな」
アルシオンは、隣で腹を抱えて笑っていた。
「あははっ、やば……!」
目を細める。
「めちゃくちゃだよ、あれ」
だが、その目は――
完全に、楽しんでいた。
そして。
やがて。
静寂が、戻る。
ノエルが、ゆっくりと振り返った。
「終わりましたよ」
その一言だけだった。
――山が、半分消えていた。




