戦うことにしました
翌日。
王都の外れ――第二騎士団の詰所前。
深く被った帽子の影で、ノエルは一度だけ息を整えた。
(……よし)
庶民の服。質素な外套。髪はまとめて押し込んだ。
鏡で見た限り、完璧なはずだった。
門の前に立つ。
「何者だ」
低い声。門番が槍を軽く立てる。
「用件は」
もう一人が睨む。
ノエルは、少しだけ顎を上げた。
(ここまでは、想定通り)
ゆっくりと帽子に手をかける。
――外す。
ばさり、と。
閉じ込めていた髪が、風に解けた。
光を受けて、ふわりと揺れる。
一拍。
門番たちの目が、見開かれる。
「私の名前は――」
まっすぐに。
「ノエル・ヴァルグレイスと申します」
静かに頭を下げる。
「突然の訪問、失礼いたします。第二騎士団長、レオニード・ヴァルカス公爵にお取次ぎ願えますか」
沈黙。
次の瞬間――
「え、えええ!?」
「ほ、本物の……!?」
門番たちが慌てて姿勢を正す。
「も、申し訳ございません!ただいま――!」
ばたばたと門が開く。
ノエルはその様子を見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。
(……変装、意味なかったわね)
⸻
案内された先。
広い訓練場。
木刀のぶつかる音が、乾いた空気に響いていた。
打ち合い、踏み込み、呼吸。
そのすべてが、張り詰めている。
ノエルの視線が、その中を滑る。
――そして。
止まった。
「……来たか」
低い声。
振り向くと、そこにレオニードが立っていた。
変わらない威圧。
だが、その目は、まっすぐにノエルを見ている。
ノエルは、形式通り一礼した。
「ご無沙汰しております」
「挨拶はいい」
即座に切り捨てる。
「……で、どうした」
単刀直入。
ノエルは、一歩前に出た。
「魔獣が大量発生していると伺いました」
迷いなく言う。
「ぜひ、お力になりたく」
一瞬。
訓練場の空気が、わずかに揺れた。
レオニードの目が細くなる。
(……理由があるな)
言葉にはしない。
だが、見抜いている。
それでも。
答えは決まっていた。
「却下だ」
短く。
「騎士団員でもない者を、戦場に出すわけにはいかん」
ノエルは、即座に返した。
「では、入団します」
間。
「……は?」
「今から騎士団に入団します」
当然のように言う。
レオニードの眉間に皺が寄る。
「女性は――」
「男尊女卑です」
ぴしゃり。
言い切る。
訓練場の空気が、一瞬で凍る。
誰も、動かない。
レオニードが、ほんのわずかに言葉に詰まった。
(……面倒なことになった)
そのとき。
「おやおや〜?」
軽い声が、場を裂いた。
「こんなところに、意外な人物発見〜」
振り返る。
そこにいたのは――
アルディオン王国第三王子、アルシオン・アルディオン。
にこにこと笑っている。
ノエルはその顔を見た瞬間、
露骨に、顔をしかめた。
「……」
「待って今、“なんでこいつ”って思ったでしょ」
「思っていません」
即答。
間髪入れず。
アルシオンは楽しそうに肩を揺らした。
「それで?」
視線が、ノエルに刺さる。
「どうして君がここに?」
分かっているくせに、聞く。
レオニードが簡潔に説明する。
その途中から、アルシオンの目が輝き始めた。
「え、いいじゃんそれ!」
食いついた。
「人手不足なんでしょ?本人やる気あるし、問題なくない?」
「問題しかない」
レオニードが即答する。
「規則が――」
「規則規則ってさぁ」
軽く手を振る。
「上には黙ってればいいんだよ」
さらりと言う。
「もしバレても?」
にやりと笑う。
「国のために動いた英雄が、さらに武勲を上げました〜ってだけでしょ」
沈黙。
レオニードが、頭を抱えそうになる。
(……こいつらは……)
アルシオンは、すっとノエルに近づいた。
そして――
当然のように、手を取る。
「よし」
ぱん、と軽く手を叩くような調子で。
「決まり。行こっか」
ノエルは、一瞬だけ目を瞬かせて。
それから、にこっと笑った。
「はい」
その笑顔は――
ここ数日で一番、晴れていた。
レオニードは、その二人を見送りながら。
深く、息を吐く。
「……後で絶対問題になるな」
ぽつりと呟く。
一方で。
アルシオンは、隣を歩くノエルをちらりと見た。
(やっぱり)
小さく笑う。
(君は、そっちの顔の方が似合う)
風が吹く。
外へと向かう足取りは、軽かった。




