触れませんでした
―ルーク視点―
階段を上がる。
店の二階。
軋む床。
灯りは、もう落としてある。
扉を開けると――
静かな寝息が、先に届いた。
「……」
ベッドの上。
ノエルが、眠っている。
小さく、丸まって。
まるで、さっきまでのあの笑顔が嘘みたいに。
静かに。
ルークは、何も言わずに近づく。
足音を殺して。
起こさないように。
ベッドの脇に腰を下ろす。
ほんの少しだけ、距離を詰める。
「……ったく」
小さく、息を吐く。
(ルーク、大好き)
また、思い出す。
あの声。
あの顔。
「……反則だろ」
ぽつり、と零れる。
手が、勝手に伸びた。
触れるか、迷う。
ほんの一瞬だけ。
それでも。
――そっと。
指先で、髪に触れる。
やわらかい。
さらりと、指の間をすり抜ける。
「……ほんとに」
こんなに、近くにいるのに。
遠い。
視線が、落ちる。
唇。
さっき、笑っていた場所。
「……」
指先が、ゆっくりと動く。
触れないように。
触れてしまいそうな距離で――
なぞる。
「……」
息が、浅くなる。
思い出す。
“ルーク、大好き”
「……っ」
ぐっと、喉が詰まる。
「……違うだろ」
分かってる。
あいつにとっては。
それは――
俺だけの意味じゃない。
「……でも」
声が、かすれる。
嬉しかった。
どうしようもなく。
嬉しかった。
「……好きだよ」
ぽつりと。
零れた。
届かないように。
起こさないように。
聞こえないくらいの声で。
「……ノエル」
指先が、わずかに震える。
触れたい。
でも、触れたら――
壊れる気がした。
だから。
そのまま、手を止める。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
それから。
ゆっくりと、手を引いた。
距離を戻す。
これ以上は、だめだと分かっているから。
ノエルの寝息は、変わらない。
何も知らないまま。
安心した顔で、眠っている。
「……ずるいな」
小さく、笑う。
そのまま。
ベッドの端に寄りかかるようにして、目を閉じた。
触れなかった指先に残る温度だけが――
やけに、消えなかった。




