強いって言われました
それから――
称賛の声は、途切れることがなかった。
「お見事でした」
「さすがです」
「まさに英雄」
笑顔。拍手。賛辞。
どれも、本物だった。
けれど――
ノエルは、少しずつ疲れていた。
慣れない場所。
慣れない言葉。
慣れないドレス。
慣れないダンス。
すべてが、身体に重くのしかかる。
「……」
ふと、視線を巡らせる。
――いない。
アルヴェルの姿が。
(……まだ来ていない?)
ほんの少しだけ、胸が引っかかる。
ノエルはそっと会場を抜け出した。
リリアーナに声をかける。
「アルヴェル様は……どちらに?」
リリアーナは一瞬だけ表情を曇らせ、それでも答えた。
「……奥の客間で、お休みになっています」
「そう……ありがとう」
廊下は静かだった。
ざわめきが、遠くなる。
扉の前で、立ち止まる。
コンコン、とノックする。
――返事はない。
小さく、ため息をつく。
(……昔と同じね)
ノエルは、そっと扉を開けた。
部屋の中は、薄暗い。
――ベッド。
そこに、アルヴェルはいた。
目を閉じたまま。
息は荒く。
顔は、赤い。
(……熱)
近づく。
額に触れる。
「……あつい」
迷わず、近くにあった手拭いを水で濡らす。
絞って。
そっと、額にのせる。
それから、近くの椅子に腰掛けた。
しばらく、何も言わない。
ただ、見ていた。
そして――
ぽつりと、口を開く。
「……お久しぶりです」
静かな声。
「また、仕事しすぎたんですか?」
返事はない。
「お食事も、取らなかったんですか?」
視線を落とす。
「……前より、痩せましたね」
小さく、息を吐く。
「聞いてください」
指先を、ぎゅっと握る。
「ヴァルカス公爵邸を出てから……実家に帰ったら」
少しだけ笑う。
「水、かけられたんですよ」
自嘲気味に。
「……笑っちゃいますよね」
間。
「それで……少し、引きこもったりして」
遠くを見るように。
「偶然、姐さんに会ったんです」
ほんの少しだけ、表情が緩む。
「今まで生きてきた中で、一番――斬新で、かっこいい人なんです」
くす、と笑う。
「その人に、今日励まされて……正直、嫌々来たんです」
目を伏せる。
「でも」
声が、揺れる。
「ルミエラが……すごくて」
唇が震える。
「涙、止まらなくて」
ぽろり、と落ちる。
「……認めてくれたんです」
また一つ。
「私を」
「みんなが……」
肩が、小さく震える。
「嬉しくて……嬉しくて……」
声が、崩れる。
「でも……」
ぎゅっと、手を握る。
「私一人で祝われるの、おかしいなって……」
涙が、止まらない。
「だって……私一人の力じゃないし……」
「……っ」
そのとき。
ふわり、と。
頬に触れる感触。
涙が、拭われた。
「……え?」
顔を上げる。
アルヴェルが、目を開けていた。
「病人に、長話を聞かせるな」
低い声。
かすれている。
「……いつから?」
「最初から」
「え……寝たふりですか?」
「半分はな」
小さく息を吐く。
「父は、よく君の話をしていた」
視線が、まっすぐ向けられる。
「辺境に、とんでもない子がいる、と」
一拍。
「食料を守るため、村人を守るため――一人で厄災を倒したと」
ノエルの瞳が、揺れる。
「修行の話も聞いた」
「何度も倒れて、それでも立ち上がっていたと」
静かに。
「強い娘だと」
「優秀だと」
ほんの少しだけ、口元が緩む。
「そして、君は現れた」
「天真爛漫で……」
ため息混じりに。
「ルーク、ルークとうるさいくらいで」
「ちょっと、それ」
ノエルがむっとする。
アルヴェルは気にせず続ける。
「そして、二度目の厄災を倒した」
「……この国を、救った」
視線が、優しくなる。
「きっと、震えていたんだろうな」
「それでも、戦った」
一拍。
「ノエル」
名前を呼ぶ。
「震えてるのに、立ち上がれる人間を――強いって言うんだ」
静かに、言い切る。
「やっと、国が気づいた」
ノエルの視界が、また滲む。
「……でも、ルーク」
ぽつりと零す。
アルヴェルは、わずかに目を閉じる。
「……知っている」
短く。
「だが、彼は立場が違う」
ノエルは、何も言えない。
アルヴェルは小さく息を吐いた。
「見てきた」
「彼はな、あの場で称賛されても喜ばない」
「だが――」
視線が、まっすぐになる。
「君が幸せで、喜んでいるなら」
「それを自分のことのように喜ぶ」
一拍。
「それを、忘れるな」
静かに。
「これは、君だけの賞賛じゃない」
「王は、国は」
「君たちを認めたんだ」
ノエルの中で。
何かが、すっと落ちた。
「……」
小さく、頷く。
「……そう、ですね」
アルヴェルは、ふっと笑った。
「ここまで説明しないと理解できないとは思わなかった」
「今、失礼なこと言いました?」
じとっと睨む。
「いや」
即答。
間。
ふと、アルヴェルが目を細める。
「……目を覚ました時」
ゆっくりと。
「君がいて――奇跡かと思った」
ノエルの動きが止まる。
「君は、もう来ないと思っていたから」
静かな声だった。
ノエルは、少しだけ目を丸くする。
「そんなに薄情に見えます?」
アルヴェルは、ほんの少しだけ笑った。
「……いや」
短く。
「そうじゃないな」
その空気は。
少しだけ、柔らかかった。




