言えませんでした
ざわめきが、ゆっくりと戻ってくる。
だが――空気は、もう先ほどまでのものではなかった。
誰もが、理解している。
何が起きたのかを。
誰が、ここに立っているのかを。
その中で。
崩れたのは――
ヴァルグレイス侯爵だった。
「……な」
声が、掠れる。
先ほどまでの威圧も、確信も、どこにもない。
ただ、狼狽だけが残っていた。
「なぜだ……」
視線が揺れる。
ルミエラへ。
ノエルへ。
そして、周囲へ。
「……謝ればいいのか?」
かろうじて絞り出す。
その視線が、足元へと落ちる。
「ルミエラ……謝れば……それでいいのか?」
その言葉に。
空気が、わずかに歪む。
ルミエラは、静かに見下ろしていた。
「――いいえ」
短く。
はっきりと。
「もう、近づかないでください」
それだけで、終わりだった。
侯爵の膝が、わずかに揺れる。
母もまた、言葉を失ったまま立ち尽くしている。
もう、取り戻せない。
その現実だけが、そこにあった。
⸻
その様子を。
アルシオンは、静かに見ていた。
そして。
ふっと、ノエルへ視線を向ける。
「……前回は“王の判断”だったけど」
軽く肩をすくめる。
「今回は“国の意思”だよ」
その言葉に。
ノエルの胸が、わずかに揺れる。
(……国の)
小さく、息を呑む。
まだ、どこか現実味がない。
「でも――」
ノエルが、口を開く。
一歩、踏み出す。
「これは、私一人のものでは……」
言いかけて。
――止まる。
脳裏に、浮かぶ。
あの背中。
あの、隣にいたはずの存在。
「……」
言葉が、続かない。
その一瞬の沈黙を。
アルシオンは見逃さなかった。
「……それ以上は言うな」
声が、落ちる。
さっきまでの軽さはない。
一歩、距離を詰める。
「それは、口に出していい話じゃない」
一拍。
「あいつのことは――表に出すな」
視線が、冷える。
「奪いに来る連中が群がる」
空気が、重くなる。
ノエルは、何も言えない。
(……そうよね)
理解は、できる。
誰よりも、分かっている。
それでも。
胸の奥に、引っかかる。
「……」
ゆっくりと、息を吐く。
それ以上は、言わない。
言えない。
ただ――
ほんの一瞬だけ。
目を伏せる。
(……ごめんね)
それだけが、残った。




