もう揺れませんでした
ざわめきの中を、ノエルはゆっくりと歩く。
視線はまだ集まっている。
けれど、もう足は止まらない。
その先に――
見知った顔があった。
レオニード・ヴァルカス公爵。
その隣に、リリアーナ・ヴァルカス。
ほんの一瞬だけ、足が止まりかける。
だが。
ノエルはそのまま、自然な動作で一歩進み出た。
ドレスの裾を軽く持ち、優雅に一礼する。
「――お久しぶりです、レオニード様。リリアーナ様」
声は穏やかで、揺れはない。
レオニードは、静かにノエルを見下ろした。
その視線は鋭い。
だが、どこか確かめるようでもあった。
「……久しいな」
短い言葉。
それだけで、十分だった。
隣では、アルシオンが自然にレオニードへと歩み寄る。
「公爵、少しお時間を」
軽く笑いながら言う。
レオニードは一瞬だけノエルを見てから、視線をアルシオンへと移した。
「……殿下」
わずかに頭を下げる。
「もちろんでございます」
その声音には、過不足のない敬意があった。
二人はそのまま、少し離れた場所へと歩いていく。
残されたのは、ノエルとリリアーナ。
一瞬の静寂。
そして。
「ノエル様、お久しぶりです」
ぱっと花が咲いたような笑顔。
リリアーナは一歩近づいた。
「お元気でしたか?」
その声には、迷いも探りもない。
ただ、純粋な好意だけがあった。
ノエルは、ほんの少しだけ目を細める。
懐かしい。
そのまま、柔らかく微笑んだ。
「えぇ、とても元気だったわ」
一拍。
「ローエンも元気かしら?」
リリアーナの表情が、ぱっと明るくなる。
「はい。ローエンは、ノエル様がいなくて寂しいといつも言っておりますわ」
その言葉に、ノエルは小さく笑った。
「そうなの?」
少しだけ視線を落とす。
「なら、今度手土産でも持って会いに行かないとね」
何気ない会話。
けれど、その距離感は、かつてと何も変わっていなかった。
ノエルは、ふと視線を巡らせる。
広い会場。
華やかな人々。
その中に、探すように。
「……アルヴェル様は、本日いらしてないの?」
何気ない問い。
けれど。
その瞬間。
リリアーナの笑顔が、わずかに曇った。
ほんの一瞬だけ。
「……先ほどまではご一緒していたのですが」
声が、少しだけ落ちる。
「お兄様は、少しお疲れのご様子で……お部屋をお借りして、今は休んでいらっしゃいます」
ノエルは、静かに頷いた。
「そう」
それだけ。
それ以上は、何も聞かない。
(……相変わらずね)
心の中で、小さく呟く。
無理をして、働きすぎて。
誰にも弱さを見せずに、倒れるまで動く。
あの人らしい。
ノエルは、ふっと息を吐いた。
懐かしさと。
ほんの少しだけ、胸の奥に残る感情を抱えたまま。
再び、顔を上げる。
その表情は――
もう、揺れていなかった。




