黙らせられました
扉が開く。
ざわめき。
視線が、一斉に向く。
王子の隣に立つ、見慣れない女。
その手を取られたまま。
――ノエル。
空気が、揺れる。
「嘘でしょ……」
「あれが、厄災を退けたっていう子?」
「以前、アルヴェル様と婚約されていた方よね……破棄されたって聞いたわ」
ひそひそと、声が広がる。
遠慮のない視線。
値踏みするような目。
その中に――
見慣れた顔があった。
ヴァルグレイス侯爵。
その隣に、母。
「……何故あいつがここに」
父の声は低く、明確な拒絶を含んでいた。
「どうしてあの子が、アルシオン様と……」
母の声は戸惑いと、わずかな苛立ちが混じる。
そして。
「ルミエラに危害を加えようとしているんじゃないのか」
決めつけるような一言。
空気が、ひやりと冷える。
ノエルの指先に、力が入る。
ぎゅっと。
無意識に。
ほんの一瞬――呼吸が浅くなる。
そのとき。
隣から、軽い声が落ちた。
「あんな雑音、気にするタイプだった?」
アルシオンだ。
横目で、ちらりと見る。
試すような視線。
ノエルは、わずかに目を伏せた。
――姐さん。
頭の中に、あの声が蘇る。
何度も、何度も言われた言葉。
“堂々としてなさい”
胸の奥に、すとんと落ちる。
絡みついていた何かが、ほどける。
息を、ひとつ。
吐く。
それから。
顔を上げた。
「――いいえ」
静かに返す。
「別に」
一拍。
視線を、前へ。
逸らさない。
揺らがない。
「私が本気を出せば」
声は、まっすぐだった。
「ここにいる人たちくらい、簡単に黙らせられますので」
言い切る。
その瞬間。
ざわめきが、止まった。
空気が、張り詰める。
アルシオンが、わずかに目を見開く。
だがすぐに、口角が上がった。
「……そうだよね」
くすりと笑う。
「やっぱり君、面白いね」
軽い声。
だがその目は――確かに、評価していた。
一方で。
ヴァルグレイス侯爵は、言葉を失っていた。
母もまた、視線を揺らす。
理解できない。
かつて“辺境に捨てた娘”が。
この場で。
この位置で。
こんな顔をして、立っている理由が。
分からない。
分かるはずもない。
ノエルは、そんな視線を受けながら。
ただ、立っていた。
逃げずに。
逸らさずに。
堂々と。
――その姿は。
誰よりも、この場にふさわしかった。




