酸っぱかったのです
「何食べたい?」
姐さんが気だるそうに言う。ノエルは出店を眺める。色とりどりの菓子、香ばしい匂い。人々は楽しそうに頬張っている。けれど――何も浮かばなかった。
「……特に」
小さく答えると、姐さんは眉をひそめる。
「もぉ! そういう時は見た目で決めなさいよ」
「見た目……」
もう一度、視線を巡らせる。その中で、ひとつだけ目に留まった。真っ赤なりんご。透明な飴に包まれ、夕焼けの光を受けてきらきらと輝いている。まるで宝石みたいだった。
「……これ、可愛い」
ぽつりと零れた声に、姐さんはふっと笑う。すぐに二つ買って戻ってきた。
「はい。一つはあんたの、もう一つはイケメンの。この綺麗な姐さんのお・ご・り」
「え、姐さんのは?」
「……あんた馬鹿なの? こんな綺麗なお姉さんが大口開けてかじりついたら、魔物と間違えられちゃうでしょ」
「ふふっ」
思わず笑みがこぼれる。ほんの少し、肩の力が抜けた。
「いただきます」
りんご飴を口に運ぶ。
バリ、と硬い音。飴が砕ける感触。
けれど――やっぱり味はしない。
(……やっぱり)
そう思った、次の瞬間。
「――っ」
何かが、舌を刺した。きゅっと奥が締まる。
「……すっぱ」
自分でも驚くほど、はっきりした声だった。もう一度かじる。バリ、と音。
「……酸っぱ……!」
今度は、確かに分かる。
「酸っぱい!!!!」
思わず声が出た。
「――はぁ!?」
姐さんが振り向く。ノエルは目を見開いたまま、りんご飴を見つめている。
「姐さん、これ……酸っぱいです」
「何言ってんのよ、そりゃ酸っぱいわよ。そのリンゴ――」
言いかけて、止まる。じっとノエルを見る。
「あんた、今……酸っぱいって、分かったの?」
「……え」
手が震える。視線がりんご飴と指先を行き来する。もう一度、小さくかじる。
「……すっぱ」
確かに、そこにある。味。
「……分かる」
ぽつりと零れた。
「分かります……」
「きゃあああああ!!」
姐さんが叫び、ぐいっと抱きつく。
「ちょっと! あんた!! 今の聞いた!? 聞いたわよね!? 分かってるじゃないのよ!! 味!! 戻ってきてるじゃないのよ!!」
ばしばしと背中を叩かれる。
「すごいわ、あんた! ほら見なさい、言ったでしょ! ちゃんと戻るって!」
ノエルは呆然としたまま。でも次の瞬間、ぽろりと涙が落ちた。
「……っ」
止まらない。ぼろぼろと、こぼれていく。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! なんで泣くのよ! いいことじゃないのよ!」
それでもノエルは、笑っていた。泣きながら、ぐしゃぐしゃになりながら。
「……分かる」
小さく、繰り返す。
「味が……分かる……」
姐さんは一瞬だけ黙り、それからふっと息を吐く。
「……ほら」
自分の袖で、ぐいっと涙を拭う。
「今日は本当泣き虫さんね、ほんと」
夕焼けの中、りんご飴がきらりと光る。その甘さはまだ分からない。けれど――確かに、ひとつ戻ってきた。
――その夜。
「酸っぱ!!!!」
店の中にルークの声が響く。
「なにこれ、酸っぱすぎるだろ!」
「あははははっ!!」
「ふふっ……!」
姐さんとノエルの笑い声が重なり、店いっぱいに広がった。
その音は、少し前よりもずっと――あたたかかった。




