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届かない距離でした

買い出しを終えて店へ戻ると、扉の向こうから甲高い声が響いていた。きゃあきゃあと、弾けるような笑い声。


「……にぎやかですね」


ノエルが小さく呟く。


姐さんは口の端を吊り上げた。


「いい音ね。売れてる音よ」


ばたん、と扉を開ける。


その瞬間――視界に入ったのは、人だかりの中心にいるルークだった。


「出身はどこなの?」

「名前、なんていうの?」

「ねえ、何歳?」


町娘たちに囲まれ、矢継ぎ早に声が飛ぶ。けれどルークは一切表情を崩さない。むすっとしたまま、ただ無言で皿を置き、料理を運び、空いた器を下げる。


「……」


明らかに不機嫌。それでも、手は止まらない。


「……座ってなさいって言ったのに」


姐さんが呆れたように呟く。


「ほんっと、真面目ねぇ」


ノエルはその様子を見つめる。頼まれてもいないのに、怒られるかもしれないのに、それでもちゃんとやる。その背中に、少しだけ胸が温かくなった。


「ねぇ?」


姐さんが肘で軽くつつく。


「見た?」


「……はい」


「あのイケメン、モテモテじゃない」


「……そうですね」


ノエルは視線を逸らさないまま答える。ルークは、女の子たちに囲まれながらも一度も笑っていなかった。ただ、淡々と。


「嫉妬は?」


「え?」


ノエルがきょとんとする。


「嫉妬、ですか?」


少しだけ考えて。


「……よく分かりません」


正直な答えだった。


姐さんは一瞬だけ黙る。それから、ふっと鼻で笑った。


「……ま、いいわ。それよりも」


視線を店内に戻す。


「こんなに客入るなら、毎日あの子に店番させとけばいいわね」


「ふふっ、確かに」


ノエルはくすっと笑った。その笑いは軽くて、どこか穏やかだった。


二人は店の端に腰を下ろす。騒がしい店内、声をかけられ続けるルーク。それでも変わらない。むすっとしたまま、黙々と皿を運ぶ。


ノエルは、その姿を見つめる。ほんの少しだけ――遠い。同じ場所にいるのに、手を伸ばせば届くはずなのに、なぜか届かない気がした。


夕焼けの光が店の中へ差し込む。その赤が、ゆっくりとノエルの頬を染める。胸の奥がじんわりとほどけていく。けれど、その奥にあるものにはまだ触れられないまま。


ノエルは、静かに笑った。


「……よし」


そのとき、姐さんがぱんっと手を打つ。


「こんだけ繁盛してるんだもの、少しぐらいサボってもバチは当たらないわ」


立ち上がり、にやりと笑う。


「出店でお土産でも買って帰りましょ。あのイケメンはそのまま置いとけばいいわ」


「え、いいんですか?」


「いいのよ。ああいうのは勝手に働く生き物だから」


姐さんはくるりと背を向ける。


ノエルはもう一度だけ店内を見た。むすっとしたまま、それでも誰よりも働いているルーク。


ほんの一瞬だけ視線を重ねて――


それから、何も言わずに笑った。


「……はい」


夕焼けの中へ、二人は歩き出した。

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