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だから食え

――その日。


「ばかたれぇぇぇ!!」


店の奥から怒号が飛ぶ。


「夜に出す分のじゃがいもがないって、どういうことよ!!」


ばん、と鍋の蓋が閉められる。


ノエルはびくっと肩を揺らし、すぐに頭を下げた。


「すみません……」


「すみませんじゃないのよ! 空気読みなさい、空気を!!」


腕を組んで仁王立ちする姐さん。その視線がすっと横へ流れる。


「ちょっとそこのイケメン!」


カウンターの端で椅子に座っていたルークが顔を上げた。


「……え?」


「アンタは店番! 動かない!」


びしっと指を突きつけられる。


「イケメンなんてね、ニコニコ座ってるだけでいいのよ!」


謎理論は今日も健在だった。


「ほらっ、アンタは来る!」


ぐいっとノエルの腕を掴む。


「え!? 二人で!?」


「当たり前でしょ! 使ったのアンタなんだから荷物持ちくらいしなさいよ!」


「それなら俺が――」


「イケメンは喋らない!」


ぴしっ、と人差し指が口元に当てられる。


「しっ!」


強制終了。


――そのまま、買い出しへ連れ出された。


通りは夕方の空気に包まれていた。昼の喧騒が落ち着き、人の流れがゆるやかになる。姐さんはずんずん歩き、ノエルは小走りで追いかけた。


「で?」


不意に声が落ちる。


振り返りもせず、ぶっきらぼうに。


「アンタ、名前は?」


ノエルは一瞬きょとんとする。


――今さら?


それでも答えた。


「……ノエルです」


「ふーん」


相変わらず興味なさそうな声。


「で、なんで味わかんなくなったの? 失恋?」


「違います……」


ぽつり、と。ノエルは歩きながら話し始めた。


妹が聖女として生まれたこと。自分が“いらないもの”になったこと。辺境へ送られたこと。二度の厄災を退けたこと。それでも――褒めてもらえると思っていたこと。


言葉は途切れ途切れで、それでも全部、落としていった。


話し終わる頃には、足音だけが残っていた。


姐さんは、しばらく何も言わなかった。


やがて。


「……あのさぁ」


立ち止まる。振り返る。


いつもの雑な顔。けれど、目だけが少し違った。


「生きてりゃ、嫌われることなんていくらでもあるのよ」


ノエルが顔を上げる。


「それがたまたま親だっただけ」


さらりと言う。


「親だからって、正しいとは限らないし。親だからって、全部愛せるとも限らない」


一歩、近づく。


「でもね」


指先で、軽くノエルの額をつつく。


「アンタはちゃんと愛されて育ってる」


「その立ち方、その言葉の選び方、その人の見方」


じっと見据える。


「誰かがちゃんとアンタを大事にしてきた証拠よ」


言葉が、静かに沈んでいく。


「妹に会いたいなら、会いに行けばいいじゃない」


「……でも」


「許可?」


鼻で笑う。


「いるの、それ」


言い切る。


「会いたいって思った時に行かなきゃ、一生会えないまま終わるわよ」


一拍。


「人ってね、いつでも会えると思ってる相手ほど、簡単に失うの」


その言葉に、ノエルの呼吸が止まる。


「嫌われるのが怖い?」


視線をまっすぐ合わせる。


「嫌われなさいよ」


「その代わり、自分まで嫌いになるんじゃないわよ」


胸を指で軽く叩く。


「ここまで否定し始めたら、本当に終わりだから」


一瞬、空気が静まる。


それから、いつもの調子で肩をすくめた。


「それに私を見なさいよ」


胸を張る。


「こんなんだから、嫌われてばっかりよ?」


けらけら笑う。


「親なんて会ってもくれないわよ」


それでも、笑っている。


「でもね」


少しだけ声が落ちる。


「それでも生きてるし、腹は減るし、飯はうまいのよ」


ぐっと指を突きつける。


「だから食え」


「泣いてもいいから食え」


「味わかんなくてもいいから、口に入れろ」


「それでも続けてたら、いつか戻ってくる」


「人間って、そんな簡単に全部壊れっぱなしになんてならないのよ」


そして。


ほんの少しだけ、柔らかく。


「……親の分まで私が褒めてあげるわ」


名前を呼ぶ。


「ノエル」


その瞬間。


胸の奥に引っかかっていたものが、音もなくほどけた。


細く張り詰めていた糸が、すっと溶けていく。


「……っ」


笑おうとする。


けれど、先に涙が落ちた。


ぽた、ぽた、と。


止まらない。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


姐さんが慌てる。


「私が泣かせたみたいじゃないのよ!」


ごそごそと懐を探り、花柄のハンカチを押しつける。


「ほら!」


ノエルはそれを受け取り、ぐしゃぐしゃに鼻をかむ。


ずび、と音が鳴る。


一拍。


「……それね」


姐さんがぼそりと言う。


「元彼からもらったやつなんだけど」


「えっ」


「大事なやつなのよバカァ!!」


その声はやたらと男前だった。


ノエルは笑った。


涙をこぼしながら。


ぐしゃぐしゃになりながら。


それでも――ちゃんと。


笑っていた。


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