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味音痴

店の中は、静かだった。


昼時だというのに客はまばらで、どこか空気が重い。木の椅子と机が並び、壁には色褪せた布がかかっている。奥の厨房からは、湯気と一緒に野菜のやわらかな香りが漂っていた。


「……なんとなく、ここにしましょう」


ノエルがそう言って、席に腰を下ろす。


ルークも何も言わず向かいに座った。


しばらくして、運ばれてくる。


野菜スープ。


素朴な器に、淡い色のスープ。刻まれた野菜が静かに浮かんでいる。湯気が立ち上り、優しい香りが鼻をくすぐった。


「うわー、美味しそう」


ノエルが、少しだけ楽しそうに言う。


スプーンを手に取り、掬う。


一口。


 


――止まる。


 


ほんの一瞬だけ。


それから、こくりと頷いて、笑った。


「……美味しいわ」


 


向かいでルークもスプーンを口に運ぶ。


「……美味しいな」


短く、そう言った。


 


その瞬間。


 


影が落ちる。


 


顔を上げる間もなく――


無言のまま、男が立っていた。


強面の店主。


何も言わない。


ただ、ノエルの前にあるスープへと手を伸ばし――


そのまま、勝手に一口飲んだ。


 


「……え?」


 


ノエルの手が止まる。


ルークも、ぽかんとその様子を見ていた。


 


店主は、ゆっくりと顔を上げる。


じっと、ノエルを見下ろした。


 


「あんた」


低い声。


 


「味音痴かい?」


 


一拍。


 


「それとも――味がわからないのかい?」


 


ノエルの目が、わずかに開く。


言葉が、出ない。


 


「……」


 


店主は腕を組んだまま、鼻で笑う。


 


「あんたの顔見りゃ分かるさ」


 


指先で、ノエルの方を軽く示す。


 


「顔に“美味しくない”って書いてあるよ」


 


 


「えーと……」


 


ノエルが、言葉を探す。


うまく出てこない。


何を言えばいいのか、分からない。


 


その様子を見て、店主はため息をついた。


近くの椅子を引き、ガタンと音を立ててノエルの隣に置く。


そのまま、どかっと腰を下ろした。


 


「いやねぇ」


 


声色が、変わる。


 


肩肘をつき、ぐいっと顔を近づける。


小指が、ぴんと立っていた。


 


「アンタ、言葉必死で考えちゃって」


 


くすっと笑う。


 


「人の顔色伺うタイプ?」


 


 


ノエルが、固まる。


 


「え……?」


 


理解が追いつかない。


今まで会ったことのない種類の人間だった。


 


思わず、ルークへ視線を向ける。


 


その瞬間。


 


――すっ。


 


大きな手が、視界を遮った。


 


「ちょっと〜」


店主が、ルークをちらりと見る。


 


「なーにー? 相方に助け求めちゃって、嫌ねぇ」


 


ルークが何か言う前に――


 


「アンタはシッ!」


 


ぴしゃり、と手を振る。


 


そして、すぐにノエルへと向き直る。


 


距離が近い。


逃げ場がない。


 


「で?」


 


じっと見つめる。


 


「私の作ったスープ、どうだったの?」


 


 


沈黙。


 


 


ノエルは、ほんの少しだけ視線を落とした。


 


そして――


 


「……この前から」


 


ゆっくりと、言葉を落とす。


 


「味、わからないんです」


 


 


空気が、静かに変わった。


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