見ているだけでした
――宿屋の一室。
「うわっ、可愛い!」
袋から取り出された薄緑のワンピースを見て、ノエルがぱっと顔を輝かせた。
「ルークって趣味悪いと思ってたけど、これは最高ね」
くるりと広げてみせる。
柔らかな布がふわりと揺れた。
「……趣味悪いと思われていたのは心外だな」
少しだけ眉を寄せるルーク。
ノエルはくすくすと笑う。
「だって、子どもの頃――覚えてる? ジャガイモの皮で作ったネックレス、くれたじゃない」
一拍。
ルークの顔が、わずかに赤くなる。
「……それは忘れてくれ」
「いやよ」
即答だった。
「大切な思い出だもの。忘れないわ」
楽しそうに笑うその顔に、ルークは何も言えなくなる。
「……好きにしろ」
ぼそりと呟き、視線を逸らした。
⸻
しばらくして。
二人は庶民服に着替え、王都の通りへと出ていた。
昼の熱気。
人の波。
焼き菓子の甘い匂いと、香ばしい肉の香りが混ざり合う。
「うわっ、なにこれ可愛い!」
小さな飾り物の店の前で、ノエルが足を止める。
「これ、おいしそう……」
隣の出店に目を移し、また足を止める。
「ねえ、これなに? 見たことないわ」
目を輝かせ、次々と視線を移していく。
まるで子どもみたいに。
けれど。
手は、伸びない。
ただ、見ているだけ。
ルークはそれを横目で見ながら、ゆっくりと口を開く。
「……何か食べないのか」
ノエルは振り返る。
少しだけ、考えるように首を傾けて――
「うーん」
笑った。
「今はいいかな」
軽い声。
けれど、そのまままた視線は屋台へと戻る。
ルークは何も言わなかった。
ただ、その横顔を静かに見ている。
楽しそうに見える。
けれど――
どこか、遠い。
人の波の中で。
ノエルは、確かにそこにいるのに。
ほんの少しだけ。
手を伸ばしても、届かない距離にいるようだった。




