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遅れて届きました

――宿屋。


馬車は止まり、二人は無言のまま降りた。


貴族が泊まるような場所ではない。

軋む床。薄い壁。簡素な廊下。


案内された部屋には、大きめのベッドがひとつだけ。


 


扉が閉まる。


 


その瞬間だった。


 


ノエルの身体が、ふっと揺れた。


 


一歩、踏み出す。


 


そして――


 


ルークに、抱きついた。


 


力は強くない。


けれど、離れない。


 


まるで。


 


支えを失えば、そのまま崩れてしまいそうなほどに。


 


 


「……どうされました?」


 


返事はない。


 


 


「……ノエル」


 


 


呼び方が変わる。


 


 


「どうした」


 


 


 


「なんでもない」


 


 


すぐに返る。


 


短く。


 


 


けれど――


 


 


その声は、どこか空っぽだった。


 


 


 


「……嘘だな」


 


 


 


ノエルの肩が、わずかに揺れる。


 


 


「喧嘩しに行ったのか?」


 


 


小さく、首を振る。


 


 


「いいえ」


 


 


間。


 


 


それから。


 


 


「……少しだけ、期待していたの」


 


 


ルークは何も言わない。


 


 


ただ、抱きつかれたまま、動かない。


 


 


 


「二度にわたって、厄災を退けたから」


 


 


言葉を探すように、ゆっくりと。


 


 


「褒めてくれるかなって」


 


 


息が、浅くなる。


 


 


「……認めてくれるかなって」


 


 


 


指先に、わずかに力がこもる。


 


 


服を掴む手が、少しだけ震えた。


 


 


 


「ちゃんと許可をもらって」


 


 


「胸を張って」


 


 


一拍。


 


 


「――あなたのお姉ちゃんだよって」


 


 


声が、ほんの少しだけ揺れる。


 


 


「言いたかったの」


 


 


 


沈黙。


 


 


 


「……名乗りたかっただけなのに」


 


 


 


小さく、零れる。


 


 


 


ルークの服を掴む力が、ほんの少しだけ強くなる。


 


 


 


「でも」


 


 


 


「……ダメだった」


 


 


 


その瞬間。


 


 


 


ぷつり、と。


 


 


何かが切れたように。


 


 


ノエルの身体から、力が抜けた。


 


 


支えるように、体重が預けられる。


 


 


 


それでも――


 


 


泣かない。


 


 


声も、上げない。


 


 


ただ、そこにいる。


 


 


 


ルークは、ゆっくりと息を吐いた。


 


 


ほんの一瞬だけ、迷う。


 


 


それから。


 


 


静かに、手を上げる。


 


 


ノエルの背に、そっと触れた。


 


 


ほんのわずかに、指先に力がこもる。


 


 


 


「……よくやった」


 


 


低く、落ちる声。


 


 


それ以上は言わない。


 


 


 


ノエルの肩が、わずかに揺れた。


 


 


 


「……遅い」


 


 


かすれるような声。


 


 


 


けれど。


 


 


 


その言葉は――


 


 


救われていた。


 


 


ほんの少しだけ。


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