それでも、私は引かない
その日――ノエルとルークは王城へ呼び出されていた。磨き上げられた大理石の床、高くそびえる天井、整然と並ぶ衛兵。すべてが場違いなほどに整っている。
「……なんか、すごいわね」
ノエルが小さく呟く。
「みんなに綺麗にしてもらっちゃった」
軽くスカートの裾をつまむ。
「私、王城に入るの初めてなのよね」
いつも通りの声。だが、ほんの少しだけ興味が滲んでいる。
「緊張は?」
「全然」
即答。
「命削った分、たっぷりご褒美もらうわ」
くす、と笑う。その軽さに、誰もが息を呑んだ。
玉座の間。重厚な扉が開かれる。一歩踏み込んだ瞬間、空気が変わる。中央には王。その傍らに第三王子、アルシオン・アルディオン。
視線が一斉に集まる。値踏み、畏怖、警戒――すべてを受け止め、ノエルは止まらない。
玉座の前で足を止め、深く一礼する。
「よくぞ参った」
低く響く声。
「そなたは二度にわたり厄災を退けた。その功、疑う余地はない」
アルシオンが一歩前に出る。
「王命である。望むものを述べよ。いかなる願いであろうと――叶えよう」
静寂。
ノエルが顔を上げる。迷いはない。
「……私は」
一歩踏み出す。
「二度も厄災を防いだ。これは紛れもない事実です」
空気が張り詰める。
「ならば――それに見合う対価を頂きます」
王の目が細められる。
「辺境の地――あの地の管理権を、私に」
ざわり、と場が揺れる。
「そして」
一瞬だけルークへ視線を流す。
「私とルークに、今後一切の命令および干渉を禁じていただきたい」
静かに言い切る。
息を呑む音。
それは願いではない。要求だった。
沈黙が落ちる。誰もすぐには口を開けない。
玉座の上、王がゆっくりと口を開いた。
「……面白い。その望み、ただの褒賞ではないな」
ノエルは微動だにしない。
「対価です」
一言。
王の目がわずかに光る。
「――よかろう。そなたの願い、聞き届けよう」
……誰も、すぐには動かなかった。それが“終わり”ではないと、分かっていたからだ。
⸻
沈黙が落ちたまま――王はすぐには頷かなかった。玉座の上で、わずかに顎を引く。
「……だが」
その一言で、空気が変わる。
王の視線が、ゆっくりとノエルへ向けられる。
「聖女は――あの戦いの後、自らの無力を悔い、深く塞ぎ込んでいてな」
低く、静かな声。
「部屋から出てこない」
わずかなざわめき。
「我が息子――第一騎士団長、アルファードが付きっきりで看ている」
間。
「……しかも」
王の目が、わずかに細められる。
「そなた、聖女の姉であると聞く」
空気が、さらに張り詰める。
ルークの指先が、わずかに動いた。
王は続ける。
「次に厄災が訪れた時――」
一拍。
「再び、そなたの力が必要になるやもしれん」
それは命令ではない。だが――逃がさない、と言っているのと同じだった。
玉座の間に、重い沈黙が満ちる。誰も、軽々しく息すらできない。
王は、わずかに口元を歪めた。
「干渉せぬ、とは言った」
静かに。
「だが、国が滅ぶ時――それでも同じことを言えるか?」
試している。
ノエルを。
その覚悟を。
そして――どこまで“自由”を貫けるかを。
ノエルは、わずかに瞬きをした。
「――ええ」
それだけだった。
迷いは、なかった。
沈黙が、深く落ちる。
ルークは何も言わない。
ただ――その背中を見ていた。
逃げないと決めた背中だった。




