目覚めない君を、それでも俺は待っていた
ールーク視点ー
あの戦いから、半年が経った。
季節は二つ巡ったのに、時間だけが止まっている。
屋敷は静かだった。音はあるのに、何も動いていないような静けさ。廊下を歩く足音さえ、どこか遠く聞こえる。
扉の前で足を止める。毎日ここに来ている。用があるわけじゃない。ただ――来ないと、落ち着かないだけだ。
ノックはしない。そのまま扉を開ける。
部屋の中は、変わらない。
カーテン越しの柔らかい光。整えられたベッド。花瓶には毎日新しい花が生けられている。
そして、その中心に――ノエルがいる。
眠ったまま。
呼吸はある。胸がわずかに上下している。だが、それだけだ。あのときから、一度も目を覚ましていない。
ルークはベッドの脇に立つ。座らない。視線を落とす。血の気の引いた顔。触れれば壊れそうなほど、静かだ。
――なのに。
外ではゴーレムが動いている。辺境の地で、今もなお。畑を耕し、水を引き、人を守っている。
眠ったまま、魔法を使っている。
「……頑張りすぎだよ」
小さく吐き出す。笑えない冗談だ。だが現実だ。
ルークは動かない。執事として、ただそこに“在る”。
時間だけが過ぎる。
どれくらい経ったのか、わからない。
扉の向こうで気配が止まる。やわらかな足音。リリアーナだ。
ノックのあと、静かに入ってくる。
「今日は庭の花が満開ですよ」
無理に明るくした声。花束を差し出す。
「ローエンも、私も……待っています」
ルークは無言でそれを受け取り、花瓶の水を替え、手際よく花を整えて差し替える。香りが、わずかに部屋を満たす。
ノエルは、変わらない。
「……綺麗ですよ」
リリアーナの小さな声。返事はない。
彼女は苦笑いを浮かべ、静かに頭を下げて部屋を出る。ルークも続いて外へ出る。扉を閉める。
廊下で入れ替わる気配。重い足取り。迷いのない歩き方。アルヴェルだ。
ルークは壁際に下がり、気配を消す。
扉が開く音。中へ入る。
しばらくの沈黙のあと、低い声が漏れる。
「……治療士は、いつ目覚めるか分からないと言っていた」
一拍。
「それでも――……お前の作るスープが、また食べたいと願ってしまう」
言葉は短い。だが、諦めきれていない響きが残る。
やがて足音が引き返し、扉が閉まる。
アルヴェルが出てくる。ルークと一瞬だけ視線が交わるが、何も言わないまま通り過ぎていく。
再び、静寂。
ルークはゆっくりと扉を開け、部屋へ戻る。
ベッドの脇に立つ。変わらない光景。変わらない呼吸。
伸ばした指先が、ノエルの手に触れる。冷たい。
「……なあ」
声が、わずかに掠れる。
「起きろよ」
返事はない。当たり前だ。
それでも、手は離さない。
屋敷の外では風が吹き、人の声がある。生活は続いている。
けれど、この部屋だけが止まっている。
「……待ってる」
ぽつりと落とす。
「……だから、さっさと戻ってこいよ」
沈黙。
わずかに、ノエルの指先が――ほんの一瞬だけ、動いた気がした。
気のせいかもしれない。
それでも、ルークはその手を離さなかった。




