お嬢様が『離れたくない』と言ったので一緒に寝ることになりました。
ールーク視点ー
「ルーク、買い物頼める?」
呼び止められて振り返ると、ノエルが当然のように立っていた。書類を抱えたまま首を傾げる姿は、どう見ても“頼む側”の顔ではない。
「構いませんが、お嬢様はこれからお勉強ですよ」
そう言った瞬間、わかりやすく顔をしかめる。
「やだ、ルークと離れたくない」
即答だった。迷いもない。
「そう言ってお勉強をサボりたいだけじゃないですか?」
ぴたりと止まる。次の瞬間、わかりやすく視線が泳いだ。
「……やだーーー」
誤魔化すように大袈裟な声を上げる。子供だな、と思う。だが、それを指摘する気にはなれなかった。
「すぐ戻ります」
軽く頭を下げて、屋敷を出る。背後から不満げな視線を感じながら、街へ向かった。
人通りは多かった。いつもと変わらない日常――のはずだった。
「動くな!」
鋭い声。振り向いた瞬間、刃物が閃く。逃げ惑う人々。倒れる音。強盗だと理解するのに時間はかからなかった。
「……面倒だな」
呟きながら一歩踏み出す。距離を詰め、腕を捻り上げる。抵抗は一瞬だった。相手の体勢が崩れる。そのまま地面に叩きつけた。
「終わりです」
淡々と告げたところで、周囲から安堵の声が上がる。だが同時に、重たい足音が近づいてきた。
騎士団だ。
「事情を聞かせてもらう」
当然の流れ。拒否はできない。結果、解放されたのは日が落ちてからだった。
「……散々な日だ」
短く息を吐く。屋敷へ戻る足取りが、わずかに速くなる。
門の前に、人影があった。
「お嬢様……?」
近づく前に、声が届く。
「ルーク!」
振り向いたノエルが、そのまま走ってきた。勢いのまま、胸に飛び込んでくる。
「……どうしたんですか」
抱き止める。軽い。だが、腕の中の体温がやけに低い。
「どこ行ってたの?」
責めるような声ではなかった。ただ、確認するように、縋るように。
「少しトラブルに巻き込まれまして。強盗の対処で、騎士団に呼ばれていました」
「……そう」
短く返事をして、さらに強く抱きついてくる。指先が冷たい。長く外にいたのが、触れただけでわかった。
「探していたんですか」
「……別に」
否定する声が、少しだけ遅れる。嘘だ。だが、追及はしなかった。
「中に入りましょう。冷えます」
小さく頷く気配。腕を離さないまま、屋敷へ戻った。
夜。
執事室で一人、静けさに身を沈めていた。
――コン。
わずかな音。扉が、ゆっくりと開く。
反射的に身構える。
「ルーク」
その声で、力が抜けた。思わず笑いが漏れる。
「どうされました?お嬢様」
「その言葉遣い嫌」
ふらりと近づいてきて、そのまま迷いなく布団に入り込んでくる。躊躇がない。
「……どうしたの、ノエル」
名前で呼ぶ。少しだけ、距離を詰めるために。
「なんか……ルークがいなくなったの、怖くなった」
ぽつりと落ちる言葉。
「いままで、ずっと一緒にいたのに」
腕が回る。ぎゅっと、抱きしめられる。強くはない。だが、離れない。
一瞬だけ、言葉を失う。
それから、ゆっくりと息を吐いた。
「心配性だな」
手を伸ばし、頭に触れる。柔らかい髪。いつもの感触。
「俺は、ずっとノエルと一緒だよ」
「……今日は、ずっと一緒じゃなかった」
小さな反論。だが、それ以上は言わない。
「……ごめんね」
自然と口をついて出た言葉だった。
「今日は、ずっと離さない。このまま寝るから」
「……わかったよ」
少しだけ力が抜ける。呼吸が近い。重なる温度が、ゆっくりと落ち着いていく。
頭を撫で続ける。一定のリズムで。
やがて、呼吸が深くなる。
眠ったのを確認しても、手を止めなかった。
腕の中の温もりが、妙に重く感じる。
――離す気には、なれなかった。
ぎゅっと、抱きしめる。
静かな夜だった。




