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それが私の役割でした

その日、三人はとある貴族の主催する食事会へ招かれていた。

政治的な繋がりを強めるための場であり、アルヴェルにとっては日常の延長に過ぎない。


交渉、判断、最適解の提示――それが自分の役割であり、得意とする分野だった。

剣でも魔法でもない。


だが、盤面を読み、状況を組み立て、最短で利益へ辿り着く。

それが自分の強みであり、父とは違う形で家を支える術だった。


 


馬車の揺れは一定だった。


向かいに座るノエルは窓の外を眺めている。

いつも通りの顔。何を考えているのかは分からない。


隣にはルーク。

無言で、ただそこにいるだけなのに妙に目につく。


――妙な構図だ。


婚約者と、その従者。

それだけの関係のはずなのに。


 


――ガンッ!!


 


衝撃。

馬車が大きく揺れる。


外から怒号。金属の音。悲鳴。


「……襲撃か」


言葉にした直後、御者が倒れ込む音がした。

血の匂いが流れ込んでくる。


「……は?」


思考が、一瞬遅れる。


想定外ではない。

だが、対応の優先順位を組み立てるより早く――


 


「……はぁ」


 


ため息。


ノエルだった。


焦るでもなく、確認するでもなく、ただ面倒そうに。


「ルーク」


「はい」


 


短い返答。


それだけで、ルークが動いた。


 


馬車の扉が開く前に外へ出る。


次の瞬間には、もう数人が倒れていた。


 


――速い。


 


体術だけで、だ。

剣も魔法も使わない。


ただの動きで、盗賊を無力化していく。


 


だが。


 


「……数が多いな」


 


ざっと見て三十。


囲まれている。


剣が馬車に突き刺さる。

木材が軋む。


 


「アルヴェル様は、ここにいてくださいね」


 


声がした。


振り向く。


 


ノエルが、笑っていた。


 


そのまま、迷いなく扉を開ける。


飛び出した。


 


 


外。


 


十を超える敵が、一斉に視線を向ける。


 


「喧嘩売る相手、間違えてるわよ?」


 


軽い声。


 


そのまま地面に手をつく。


 


瞬間。


 


地面が、うねった。


 


無数のツタが爆発するように伸びる。


盗賊たちの足を絡め、胴を締め上げる。


 


「ぐっ……!」


「う、うごけ――」


 


抵抗も、意味をなさない。


締め上げる力が、容赦なく増していく。


 


ノエルは、それを見ていた。


無表情で。


 


ただ、確認するように。


ルークへ視線を向ける。


 


――終わっていた。


 


最後の一人を、地面に沈めるところだった。


 


「お手を煩わせてしまい、申し訳ございません」


「別にいいわ」


 


興味はない、と言わんばかりの声音。


 


「あの人を」


 


倒れている御者を指差す。


 


ルークがすぐに動く。


光が溢れる。


傷が塞がる。血が止まる。


 


――光魔法。


 


 


ノエルはそれを一瞥して。


 


何事もなかったかのように、馬車へ戻った。


 


「お怪我はありませんか?」


 


笑顔だった。


 


 


――理解が、追いつかない。


 


 


騎士団が来て、事情聴取があって、食事会は中止。


屋敷に戻ったのは、深夜だった。


 


食堂。


リリアーナの姿はない。既に眠っているらしい。


 


ノエルは席に着くなり、当たり前のように食事を始めた。


 


「魔法を使うと、お腹減るのよね」


 


笑う。


 


その背後に、ルークが立つ。


 


いつも通りの距離。


 


 


「あれ?アルヴェル様は食べないんですか?」


「いらない」


 


即答だった。


 


食欲など、あるはずがない。


 


「そうですか」


 


あっさりと引く。


それ以上、何も言わない。


 


ナイフで肉を切る音だけが、静かに響く。


 


 


「人には、適材適所があります」


 


ぽつりと、ノエルが言った。


こちらを見ないまま。


 


「得意なことをすればいいんです」


 


一口、食べる。


 


「それが今回、私の役割だっただけです」


 


 


――役割。


 


その言葉が、胸に刺さる。


 


 


自分は、何をした。


 


何もしていない。


 


判断も。対応も。守ることも。


すべて、あの二人がやった。


 


拳を、わずかに握る。


気づかれないように。


 


 


父は、強かった。


剣も、魔法も。


誰よりも優れていた。


 


だから、期待された。


同じように。


 


 


だが、自分にはそれがない。


 


代わりに与えられたのは、思考だった。


 


読み、測り、最適を選び取る力。


戦場ではなく、盤上で勝つための才能。


 


それで、この家を支えるはずだった。


 


 


――だが、あの場で。


 


何も選べなかった。


何も動かせなかった。


 


 


視線を落とす。


 


ノエルは、こちらを見ない。


ルークも、何も言わない。


 


 


だが。


 


その言葉だけが、残る。


 


 


適材適所。


 


 


ならば。


 


自分の役割は、何だ。


 


 


答えは、出ない。


 


 


ただ。


 


胸の奥に、重い何かだけが残った。


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