表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/61

婚約者が屋敷を変えました

母は、妹を産んだその日に死んだ。


太陽のような人だった。

笑えば屋敷が明るくなり、庭に出れば花が応えるように咲いた。


――そういう人だった。


その人がいなくなってから、この屋敷は静かになった。


無駄な音は消え、笑い声は減り、必要な言葉だけが淡々と交わされる場所。


それが当たり前だったし、それでいいと思っていた。


――あの女が来るまでは。


 


朝。まだ陽も高くない時間。


窓の外に人影が見えた。


視線を向ける。


庭。


そこにいたのはノエルだった。


貴族令嬢とは思えない格好で、袖をまくり、土に手を入れている。


隣には庭師――ローエン。

その横には、妹のリリアーナ。


 


「そこ、もう少し深く掘った方がいいわ」


「ノエル様、それは……」


「大丈夫だって。土、固いだけだから」


 


軽い調子で言いながら、迷いなく手を動かしていく。


最初、使用人たちは困惑していた。


当然だ。主が仕事を奪うような真似をしている。


だが――


 


「あー、そっち持ってて」


「はい、ノエル様」


 


空気が変わっていた。


名前を呼ぶ。


一人一人、間違えることなく。


それだけで、距離が変わる。


気づけば、誰も止めていない。


 


ノエルがこの屋敷で最も長くいる場所は庭だった。


そして、最も長く一緒にいるのは、ローエンとリリアーナ。


三人で土に触れている。


その少し後ろに、常にルークがいる。


近すぎず、遠すぎず――だが、決して離れない位置で。


 


「ねぇ、野菜も植えたいなー」


 


軽い声。


ローエンはすぐに顔をしかめた。


 


「それは……さすがに困ります。ここは奥様が大切にされていた庭ですから」


「ローエンも、私の野菜食べたら腰痛なんて吹っ飛ぶよ?」


 


冗談めかしているが、どこか本気だ。


ローエンは困ったように頭を掻く。


言葉に詰まる。


 


その横で。


 


「……ふふ、本当かもしれません」


 


リリアーナが、笑った。


 


――笑っている。


 


思考が、止まる。


 


あんなふうに笑うのを、見たことがなかった。


 


視線を逸らす。


それ以上、見ていられなかった。


 


「そんなところで見ていないで、混ざったらどうだ」


 


声に振り向く。


父だった。


いつの間にか、隣に立っている。


 


「……冗談はよしてください、父上」


 


即答する。


だが、わずかに言葉が硬い。


 


父は笑った。


 


「面白い子だろう?」


「……本当に、貴族令嬢か疑いますね」


 


父は、さらに笑う。


 


「そうだろう?」


 


その表情に、一瞬言葉を失う。


 


――久しぶりに見た。


 


あの顔だった。


 


再び庭を見る。


 


ノエルが笑っている。


リリアーナが笑っている。


ローエンが困った顔で頭を掻いている。


ルークは何も言わず立っている。


 


その光景が――妙に、引っかかる。


 


胸の奥に、わずかな違和感が残る。


 


「……なんなんだ、あの女は」


 


ぽつりと漏れる。


 


視線は、まだ庭に向いたままだった。


 


しばらく、目を逸らせなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ