婚約の条件を提示しました
「……いいわ」
その一言が、空気を変えた。
ノエルはゆっくりと顔を上げる。
ほんのわずかに、口元が緩む。
「もちろん守ってくれるんでしょ?」
一歩、距離を詰める。
「私も――ルークも」
言い切る直前、ほんの一瞬だけ呼吸が揺れた。
だが、視線は逸らさない。
まっすぐに、アルヴェルを射抜く。
「――ね?」
一拍。
「旦那様」
軽い声音。だが、その場の誰よりも重い意味を持っていた。
ルークの指が、ぴくりと動く。
何かを言いかけて、飲み込む。
アルヴェルは微動だにしない。
ただ、ほんのわずかに――視線が止まった。
「……条件か」
「ええ」
即答だった。
「私は、そっちの都合でここに来たわけじゃない」
一歩、踏み込む。
「村がある。人がいる。生活がある」
声は静かだが、芯は揺れない。
「それを、捨てるつもりはない」
アルヴェルは黙って聞いている。
ノエルは指を一本、立てた。
「一つ目。あの村に一切の干渉をしないこと。税も、人も、奪わない」
空気が張り詰める。
「二つ目――」
ほんのわずかに、間。
ルークの方を見ないまま、言葉を続ける。
「ルークは私のものよ」
その一言だけ、温度が違った。
「契約も、立場も、そのまま。――誰にも、触らせない」
ルークの呼吸が、止まる。
「三つ目」
視線を戻す。
「私はここに縛られない。必要なら村に戻るし、好きに動く」
そして、ゆっくりと微笑んだ。
「――それが飲めるなら、婚約してあげる」
沈黙が落ちる。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
その条件は、あまりにも対等だったからだ。
ルークが、わずかに顔を上げる。
その目に、抑えきれない熱が灯る。
アルヴェルは動かない。
ただ、じっとノエルを見ている。
測るように。試すように――
そして。
「……いいだろう」
あっさりと、言った。
だが、その一言は軽くない。
「すべて受け入れる」
空気が揺れる。
ルークの目が見開かれる。
ノエルも、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「ただし」
アルヴェルが一歩踏み出す。
距離が、さらに近づく。
「その自由が、この家に利益をもたらす限りだ」
逃げ場を残さない声音。
「価値がある限り、守る」
冷酷で、そして嘘のない言葉だった。
ノエルは数秒だけ黙る。
その言葉を、飲み込むように。
そして――ふっと笑った。
「いいわ」
その笑みは、挑むようで。
どこか楽しげだった。
「じゃあ――証明してあげる」
わずかに顎を上げる。
「私が、どれだけ“価値があるか”」
アルヴェルの視線が、ほんのわずかに深くなる。
誰も、もう言葉を挟まなかった。




