表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/61

王都で政略結婚を命じられました

石畳を踏む音が、やけに大きく響いていた。


王都。初めて来たわけではない。

だが、今まで見てきたどの景色とも違って見えた。


ノエルは何も言わず歩く。


視線の先には巨大な門。

ヴァルカス公爵邸。


重厚で隙がなく、まるで拒絶そのものみたいな建物だった。


「緊張してますか?」


隣から静かな声。振り向かなくても分かる。ルークだ。


「別に」


短く返す。


「嘘だ」


即答だった。


「手、冷えてますよ」


ノエルは一瞬だけ眉をひそめる。


――逃げるわけにはいかない。


指先に、じわりと力を込めた。


「……うるさい」


小さく呟く。だがその声はわずかに掠れていた。


ルークはそれ以上何も言わなかった。

ただ歩調を合わせる。それだけで、少しだけ呼吸が楽になる。


――大丈夫。


そう言われている気がした。


門が開く。重い音を立てて、ゆっくりと。


中に入った瞬間、空気が変わった。


整えられた庭。無駄のない配置。

“管理された美しさ”。


それはどこか、息苦しい。


案内されるまま屋敷の中へ進む。

長い廊下。磨かれた床。足音がやけに響く。


そして、一つの扉の前で足が止まった。


「――こちらでお待ちください」


使用人が静かに頭を下げる。扉が開かれる。


ノエルは息を一つ吐いた。


胸の奥に沈んでいたものを、無理やり押し込める。


「行くよ」


ルークにだけ聞こえる声で。そのまま中へ入る。


部屋は広かった。


だが、その広さよりも先に感じたものがある。


――“視線”。


正面。


一人の男が立っていた。


黒髪。無駄のない立ち姿。

ただそこにいるだけで、空気が引き締まる。


「――はじめまして」


低く、落ち着いた声。


「アルヴェル・ヴァルカスと申します」


その一言で、部屋の主導権が完全に移った。


ノエルは黙って見返す。値踏みするように。

アルヴェルも同じだった。


沈黙。


先に口を開いたのはノエルだった。


「… ヴァルカス……あの、おじさんの息子?」


一瞬、空気が止まる。

ルークがほんのわずかに視線を逸らす。


アルヴェルは表情を変えない。

変えないが、ほんのわずかに間があった。


「……父のことか」


静かに言う。


「その呼び方は控えていただきたい」


ノエルは肩をすくめる。


「だって」


軽く首を傾げる。


「おじさんって呼んでいいって、言われたもの」


一歩、踏み込む。


「――それに、十五年も村に出入りしてたくせに」


空気が変わる。


アルヴェルの目が、わずかに細くなる。


「……随分と、親しいようだな」


ノエルは鼻で笑った。


「親しい?」


一瞬、間を置いて。


「修行と称した監視、でしょ」


その言葉は静かだった。

だが、確実に刺さっていた。


ルークの指がわずかに動く。


アルヴェルは否定しない。

ただ、ほんの一瞬だけ視線を落とした。


その沈黙に、十五年分の何かが滲む。


「……必要だった」


そして、ゆっくりと顔を上げる。


「十五年だ――これ以上、他の手に渡すつもりはない」


その声音には、わずかに――焦燥が混じっていた。


ノエルは、ふーん、とだけ返す。


だがその胸の奥で、小さく何かが引っかかった。


「話は聞いている」


視線が真っ直ぐ向けられる。


「厄災を退けた力」


「そして」


一瞬だけ、ルークへ視線が流れる。


「光魔法の保持者を従えていることも」


部屋の空気が張り詰める。


だが、ノエルは微動だにしない。


「それで?」


短く返す。


アルヴェルは一歩だけ近づいた。

距離を詰める。逃げ場をなくすように。


「結論から言おう」


淡々と、感情を挟まずに。


「君には、私と婚約してもらう」


間。


「――それが、この国にとって最も合理的だ」


沈黙。


ノエルは瞬き一つしなかった。


だが、ほんのわずかに喉が鳴る。


「……命令?」


静かに問う。


アルヴェルは首を振る。


「違う」


わずかに間を置いて。


「最適解だ」


一拍。


「――君が拒否できる選択肢は、最初から存在しない」


その言葉は冷たく、そして正しかった。


ノエルの指先に、力が入る。


――やっぱり、そう来る。


一瞬だけ、視線が揺れた。


その瞬間、ルークが一歩前に出る。

だが、ノエルが手で制する。


「……なるほどね」


小さく笑う。


「私を、“使う”ってわけだ」


アルヴェルは否定しなかった。


それが答えだった。


部屋の空気が静かに軋む。


そして――


ノエルは、ゆっくりと息を吐いた。


迷いを、押し殺すように。


「……いいわ」


顔を上げる。


真っ直ぐに、アルヴェルを見据える。


「その話、受ける」


一拍。


「――でも」


わずかに口角を上げる。


「使われるだけのつもりはないから」


その一言が、静かに場を塗り替えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ