騎士団長に指示しました
騎士たちの剣が――通らない。
金属音が夜に弾ける。だが、斬撃は弾かれるだけだった。
ギン、と鈍い音を立てて、黒い外殻がすべてを拒む。
「……くそっ!」
一人が歯を食いしばる。何度打ち込んでも、届かない。
それは――致命的だった。
この場にいる全員が理解している。勝てない。
それでも、誰一人退かなかった。足は止まらない。剣は振り続ける。
その間にも、ノエルの体は削られていく。ゴーレムで受けきれない一撃が何度も掠める。肩が裂ける。脚が震える。血が滴る。
「……このままじゃ、やられる」
騎士の一人が低く呟いた。
そんなこと――わかってる。全員、わかっている。それでも、どうにもならない。
「おい!!」
鋭い声が飛ぶ。レオニードだった。その視線はまっすぐノエルへ向いている。
「そこの子供!」
一歩、踏み出す。
「逃げろ!!」
その言葉に、一瞬だけ時間が止まった。
逃げろ。簡単な言葉。正しい判断。
でも、ノエルの中で何かが引っかかった。
(逃げる?)
その先を想像する。自分がここを離れる――その後。
誰が、あの人たちを守るの?
後ろを見る。怯えた顔。震える手。それでも逃げずに立っている村人たち。
(……あの人たち)
じゃがいもを、くれた。未来を、託してくれた。
なのに。ここで、自分だけ逃げる?
ノエルは、ふっと息を吐いた。そして、口元を歪める。
「……おじさん」
血を拭うこともせず、まっすぐレオニードを見た。
「そのローブの紋章――騎士団長でしょ?」
一瞬、空気が揺れる。
「赤……第二騎士団かしら」
あえて首をかしげる。
「戦闘に優れてるって、習ったけど」
一拍。
にこり、と笑った。
「……違うのね」
空気が凍る。騎士たちの視線が一斉にノエルへ向いた。レオニードの眉がわずかに動く。
だが、ノエルは止まらない。
(引きなさい)
(あなたたちは、前じゃない)
(後ろを守るの)
言葉にはしない。その代わりに、一歩、前へ出た。
ぐらり、と体が揺れる。それでも、立つ。
「ほら」
軽く顎で示す。
「後ろ、見えてる?」
その一言で、騎士たちの意識が後方へ向く。村人たち。逃げ場のない、民。
レオニードの目が細められた。理解した。
この少女は――“戦おうとしているんじゃない”。“守ろうとしている”。
そして、役割を分けようとしている。
ノエルは地面に手をついた。
「……私は、ここやるから」
声は、もう震えていなかった。
「そっちは任せたわよ」
その言葉は、命令でも懇願でもない。“信頼”だった。
レオニードは、ふっと息を吐く。口元がわずかに緩んだ。
「……小娘が」
だがその目には、確かな熱が宿っていた。
「いい度胸だ」
剣を握り直す。
「全隊、聞け」
声が響く。
「役割を変える」
その視線は、もう迷っていない。
「後方の民を、必ず生かせ」
「前は――」
一瞬だけ、ノエルを見る。
「任せる」
その瞬間、戦場の意味が変わった。
ノエルは前へ。騎士団は後ろへ。
それぞれが、守るべきもののために動き出す。
――もう、誰も迷っていなかった。




