最強の騎士団長が来ました
夜の村に、それは立っていた。
異様なまでに巨大だった。四肢は不自然に長く、骨が歪んだような体躯。全身を覆う黒い外殻は、月明かりを鈍く弾く。その中心で、赤い眼がゆっくりと瞬いた。
――“屍喰いのグラウル(Graul)”。
災厄級。人が出会えば、生きて帰ることはない。
その魔獣の前に、一人の少女が立っていた。
「……は?」
到着した騎士の一人が声を漏らす。
「なんで、ここに……」
信じられないものを見る目だった。血にまみれた、小さな背中。その足元では、巨大な土の巨人が魔獣とぶつかり合っている。
「……あんな少女じゃ……」
別の騎士が唇を噛む。
「勝てっこない……」
低く、誰かが続けた。
「……あれは」
喉が震える。
「俺たちが束になっても、勝てる相手じゃない……」
事実だった。あの魔獣は規格外だ。剣が通る保証もない。一歩踏み出せば、死ぬ。
誰も、動けなかった。
その後方で、「……ノエル……」とかすれた声が漏れる。ルークだった。騎士に肩を掴まれている。
「離してください!」
「下がれ!足手まといになる!」
「放せ!!」
必死にもがく。その視線はただ一つ、前へ。血にまみれた少女へ。
そのとき。
「――動け」
低い声が、空気を裂いた。
騎士たちが一斉に振り向く。そこに立っていたのは――第二騎士団長、レオニード・ヴァルカス。
長身。無駄のない体躯。その瞳には迷いがなかった。
「……団長……」
誰かがかすれた声で呼ぶ。
レオニードは前を見据えたまま言う。
「お前たちは」
一歩、前へ出る。
「子供一人に戦わせて」
剣の柄に手をかける。
「逃げると言うのか」
空気が凍る。その言葉は叱責ではない。事実だった。誰も反論できない。
「それでも」
ゆっくりと剣を抜く。鋼の音が夜に響いた。
「第二騎士団の隊員か」
その一言で、騎士たちの背筋が強張る。誇り。それを突きつけられた。
レオニードは歩き出す。その足取りに迷いはない。
「……見ろ」
顎で、前を示す。
血にまみれた少女。その背で村人たちを庇いながら、なお立ち続けている。
「立っているのは、あの子だけじゃない」
ゴーレムが魔獣の一撃を受け止める。砕ける。それでも再び形を成す。
「――あれが、“守る”ということだ」
静かに、だが確実に。言葉が胸に刺さる。
その言葉を、ルークも聞いていた。歯を食いしばる。掴まれていた腕に力が入る。
「……離せ」
低い声。
「……行くんだ」
次の瞬間、振り払った。騎士の手を。
「待て!!」
制止の声。だが、止まらない。
「ノエル!!」
地を蹴る。一直線に、戦場へ。
レオニードの目が、わずかに細められた。
――覚悟の目だ。
一瞬だけ、口元が緩む。
「……いい」
剣を構える。
「ならば」
その瞳が鋭く光る。
「騎士のやることは、一つだ」
次の瞬間、彼の足が地を蹴った。
「――前に出ろ」
その背中を見て、一人、また一人と、騎士たちが剣を抜く。
恐怖は消えない。だが、足は止まらなかった。
「うおおおおおおッ!!」
叫びと共に、騎士団が戦場へと雪崩れ込む。
その先には――一人の少女と、災厄と、そしてそれを追う少年がいた。




