二章 十三丁 同穴の不遇者ら
暫く一同は焚火を囲い、 腹拵えをしながら穴に落とされた経緯を語り合い、会話はそれなりに盛り上がった。
立年 の農夫は、二つ隣の村の弟が身体を壊し、見舞いにと旅立つ途中。賊に怪我人がいるから手を貸してくれと頼まれ、駆け付けた所。容赦なく尻を蹴飛ばされ崖下に落とされたらしい。
あの落下の体勢は、滝壺でなければ死んでいたと気楽に話す男に中老の農夫は、お前達兄弟は昔からそうだ、身体を壊した弟は心配ではないのか、と呆れ加減で溢した。
中老の困り顔を見ても、 立年 の男は悪びれず、どうせいつもの 恋煩いだ、金と心を素寒貧にされただけだと、呆れ果てた調子で苦々しく笑う。そして、いい歳を積んで、女に騙くらかされた馬鹿な弟より、村で留守番をしている四人の子供達の方が心配だ、と言ったきり男の表情は侘しさを見せた。
子供達があまりに父に会いたいと泣き叫ぶので、自分も探しに山に出た所、同様の手口で落とされたのだと、中老の農夫は続いて事情を明かした。
子が泣いている話はするなと、煩悶に満ちた顔で立年の男は中老へ文句を言い。すまんと頭を掻いて中老は素直に謝罪した。そして、それに引き替えこの人は変わり者だ、と会話の流れは、胡座を搔きしかめっ面で焚火に当たる若い衆へと移り変わった。
会話の的となった男は、自身の頭を少し超える大きな木箱を備えた背負子を脇に置き、不機嫌な顔で食べ尽くした魚の骨を焚火にくべている。
旅に不可欠な草鞋が三足、背負子に括り付けられ、編み笠と合羽が木箱の上に置かれている事から、この男は旅商人であり。農夫二人と接点はないのだと、碧眼の男は一目見た時から感じ取っていた。
立年の農夫が言うには、旅商人は山奥で賊に追い掛けられ、背にある上等な品物を盗られるくらいならと、自らこの穴へ思い切り飛び込んだ。命知らずの愚か者だろうと苦笑する農夫二人を、笑うなと旅商人は吐き捨てた。
のんびりと構える農民とは違い、旅商人はこの状況が落ち着かないのか、胡座を搔く右足は終始、貧乏揺すりを行い。誰とも目を合わさず、不貞腐れた表情で焚火のみを見詰めている。その様子を見かね、励まそうと農夫達が声を掛けても、やはり商人の返事は何処かむくれていた。
こうして名乗り合う事もなく。見ず知らずの者達は簡潔に身分を明かし、穴底で同じ境遇を味わう者同士、多少なりとも親睦は深まった様にも思える。が、やはり出会ったばかりで心を開き合うには、時が些か十分ではない。
会話はそれ以降一度途切れ、生じたその沈黙の時間を、焚火を眺めたり、夜空を見上げるなど、全員思い思いの所作で間を繕っている。
ただ少女だけは閑談に参加する余裕もなく。何日も食べ物にありつけなかった反動から、小さな身体を丸めて無我夢中で、二匹目の魚を頬張っていた。
先も出口も見えぬ檻に閉じ込められ、暗がりの中見知らぬ者達が集う緊張感は、少女がいる事で心安らぎ。二人の農夫は少女を見て頬を緩ませた。
「奴等…何故こんな事を?」
会話が一通り落ち着いた頃合いを見計らって、焚火の爆ぜる音のみが響く静けさを破り、碧眼の男はぽつりと男達へ疑問を投げ掛けた。
男は焚火の灯りが少し届く程度の薄暗い岩の上に腰掛け、ずっと焚火の輪の外から一同の歓談に耳を傾けていた。
異国から来た者だと悟られぬよう極力他者との会話は避け、簡易な談話の殆どを犬神に任せていた男だが、この時ばかりは自ら口を開くほど 釈然 とせぬ疑問があったのだ。
©️2025 嵬動新九
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