二章 十二丁 同穴の不遇者ら
中老の農夫に連れられ、焚火に当たる男達の元を目指し、枝や草木を掻き分けて一同は進んで行く。
岸壁から遠ざかれば、植物や石巌などの障害物は次第に数を減らし、頭上を覆う木々が減少したこの機会に、碧眼の男は周囲を見渡した。
闇夜の為、正確に全てを把握するには至らないが、黒く切り立った崖にぐるりと四方を取り囲まれたこの場所は、まるで一種の檻のようだ。
地盤が沈下してこの窪地は生じたのであろうが、三百人程の小さい集落なら、村ごとすっぽりと入ってしまうほど規模が大きい。北の岸壁から南の岸壁に移動しようとするならば、数刻の時を要するだろう。
縦穴状のここから抜け出すには、岸壁を這い登る手立てを真っ先に講ずるものだが、労力を費やしてまで辺りを調べる必要はないと、碧眼の男は既に結論付けていた。
この様な辺境の地に人が立ち入り、岩を削って登り口をつくる事は考えにくい。
例え、岸壁を登る足掛けとなる突起が、雨風によって自然と生じていても、己の片腕で崖を這い上がるのは、どう考えても無謀に思える。
日が昇り、明るくなれば何か新しい発見があるかもしれないと、碧眼の男は頭を巡る様々な脱出の案を保留した。そして、足場の悪い石塊の道に集中し、中老に案内されるがままその後ろに続いた。
長身を屈めて、巨石に押し倒された窮屈な木々の隙間を潜ると、岸壁を滑り落ちる大きな滝が、不意に目に飛び込んだ。
滝がある事は殷々と鳴り渡る水音で、自ずと気が付いていたが、いざ月明かりに照らされた全貌を目の当たりにすると、創造を超えた大きさと迫力がある。
岩肌を伝い、幾重にも細く落ちる滝水は美しく、窟の上部にせり出す岩に水が当たり、それが音を柔らめているため、それほど耳障りには感じない。
滝裏には、ぽっかりとひび割れた洞窟があり、口から暗闇を発する洞内の奥行きは然程深くはないだろうが、入り込むと帰れなくなると畏怖するほどの存在感があった。
滝水は洞窟の全景を所々覆い隠しながら、広大な滝壺へ流れゆき、暗がりでは水深の見極めは困難だが、この窪地が水没していないならば、水は地下水脈と合流しているのだろう。
「おじいちゃんたちは、ここに住んでるの?」
足場が安定し、歩幅が緩やかになると、少女は中老の農夫を見上げ、無垢な表情で尋ねた。
「はは! そちらの犬神様と同じ事を聞かれるとは。 笑い事ではないが、儂等も賊共に落とされましてな。 もう二日になるか……助けを待っとるんです」
軽快に笑い、白髪交じりの頭を掻く農夫に、犬神は呆れた顔で地を歩く。
「二日も斯様な場所によく居られるな! 呑気な!」
「儂はまだいい、五日前から落とされた者もおるで」
苦笑してそう告げた中老は、焚火の男達が腰掛ける緩やかな砂礫の山を、慣れた足取りで登る。そして、男達の元へ辿り着くと、火を挟んで向かい合う二人の片方だけを指差した。
「こいつがここに住み慣れ、馴染んどる哀れな男です。 おー美味そうだ!」
中老は揶揄うように男へ言うと、焚火の火力で香ばしく焼き上がった七つの魚の内の一つを盗り、どっこいしょと呟きながら、その場に腰を下ろした。
「うるせぇなぁ。 探しに来たあんた等が落とされるからだろう」
指を差された男は、隣りに腰掛けた中老の農夫に 脹面 で言い返し、斜面を登って来た少女へ、気前良く一番大きな魚を手渡す。
立年 のこの男は合羽を羽織らず、脚絆という足具を着けただけの簡素な旅装束を纏っている。中老の農夫とは顔馴染みで、会話から推し量るに、この中で最も早く窪地へ落ちた事になる。
そして農夫は、手際よく石で固定した魚の串をひっくり返し、一番焼き色が良い岩魚を碧眼の男へ差し出した。容姿を隠す怪しい風体の者に対して、分け隔てなく接するこの男も、中老の農夫と同じ人柄が良い人相をしている。
©️2025 嵬動新九
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