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無貌ノ鬼  作者: 嵬動新九
第一章 蠱獄
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一章 蠱獄  二丁


 賑わっていたであろう街道は、(かつ)ての面影はなく。


 人のいない屋台は雨晒(あめざら)しになり色褪(いろあ)せ、壷屋(つぼや)の品々は半数が割れている。



 全ての商店の品物が、乱雑に捨て置かれた様を横目に見つつ、坂田はまだ調べ終えていない反物屋(たんものや)の戸を、今度は勢い良く開け放った。


 そして、(また)しても成果が得られない事がわかっていたのか、中へ押し入り探る素振りも見せず、坂田は(かたわ)らへ歩み寄って来た大柄(おおがら)な男に口を開いた。


「何だこの村は? 何故(なにゆえ) 誰もおらんのだ」


 主人である坂田の問いに、直ぐに返答を返す事はせず、六(しゃく)もあろう大柄の男は身の(たけ)ほどの薙刀(なぎなた)を肩に休ませ、同じく反物屋の荒れ果てた様相を、じろじろと眺め(ひげ)を撫でる。


 大男こと名を万雷(ばんらい)というこの男は、満足ゆくまで店の内部を眺めた後、考え(ふけ)った面持(おもも)ちで上を向き、()み上げと繋がった髭を延々撫でながら、やっと先程の坂田の問いに曖昧に答えた。


「何かの妖術か…将又(はたまた)、村を捨てて逃げたのでは?」

「収穫目前の田畑に手も付けず、上物の品々も置き去りにして村を出るだと?」


 万雷の的を()ない返答に、坂田は呆れた様子で万雷を一瞥(いちべつ)し、短いため息を反物屋に残して足早に通りへと戻る。そして、軽く息を吸うと、他の家来達にも聞こえるよう少し声を張り上げ、慣れた調子で万雷へ命じた。


「時を無駄にしたくはない。 あの橋を調べる」


 万雷は又もや髭を撫で、退屈そうに坂田の元へ歩み、その視線の先にある大通りに架かる太鼓橋(たいこばし)に目を凝らした。


 大男である万雷が隣りに並ぶと、坂田の背丈は更に小柄に見えてしまうが、刻一刻と落ちる太陽の強烈な日差しを遮るのに、万雷の体格は丁度良い塩梅(あんばい)になっている。


「橋を渡り村を抜けたや否や、あの橋が必ず眼前に現れるのだ。 何か絡繰(からく)りがあるやもしれん」


 坂田の視線の約50m先には、小川に分断された大通りと通りを繋ぐ太鼓橋が架けられている。


 人が2人並んで歩ける幅の小さな緩やかな曲線の橋だが、(うるし)も新しく施された欄干(らんかん)の橋は(おもむき)があり。長堤(ちょうてい)に整然と植えられた散り行く紅葉が、橋を(かす)めて水面(みなも)に落ちる姿がより美しく見える。


 忠実(まめ)に手入れされているその橋は村人の生活を支え、さぞ感謝し大切に敬われていた事だろうと思い(ふけ)りながら、坂田一行は先程この橋を渡った。



「はぁ、思い違いでは御座いませんか? 橋など どれも似たものでしょうが」


 片眉を上げ、考え過ぎだと言わんがばかりに呆れ顔で物を言う大男に、坂田は眉間に(しわ)を寄せ、溜め息を吐き橋を指差した。


「お前の剛胆さには、ほとほと呆れる。 同じ景色が三度現れれば欺瞞(ぎまん)に思うが(つね)だ。 いいから行け」

「はっ」


 万雷の返事だけは威勢が良く。足取りは何処か面倒臭そうに、大股で上半身を左右に揺らしながら、しぶしぶ橋へ向かって歩き出す。


 しかし、数歩歩いただけで足を止め、(ひざ)を曲げ大柄な背を少し屈めて、万雷は静止した。



 妙な姿勢のまま動かなくなったその姿に、また坂田の眉間に深い皺が走る。


「うむ? しかし若。 何かおりまする!」


 万雷が背筋を伸ばし、指を差し示した先には、つい先程調査を命じた太鼓橋があり。この景色と出会ったのは三度目になるが、今までと別段変わったものはない。


  諧謔 (かいぎゃく)のつもりでいるのかと思い、軽く(たしな)めてやろうと万雷に近付いた坂田だったが、万雷はまだしつこく目を細め、橋に目を凝らしている。


 偽りではないその様子に、坂田自身も万雷に(なら)い再び橋に瞳を凝らした。




 今の刻は西日照りで特に橋の辺りが見え(にく)い、坂田達には橋の(たもと)付近に三体の地蔵が鎮座しているのが辛うじて判別出来る程だ。


 だが万雷は視力が他の者より優れているのか、ずっと坂田や集まって来た仲間達によく見ろと言いたげに、地蔵の場所を指差し続けている。


 元より地蔵がある事は、この場の全員が知っていて、その先入観が邪魔になっているのも手間取る理由の一つだろう。


 暫時(ざんじ)目を凝らすが、何故(なぜ)万雷が今更地蔵を指し示すのかを、坂田とその配下達は一向に理解が出来ない。

 しかし詳細を尋ねれば、目が節穴だと万雷に馬鹿にされる事も(しゃく)に障る為、坂田はじっと根気よく地蔵を見詰め続けた。



 刻々と日が落ち、山が日差しを少しばかり和らげたお陰もあるのだろうが、目が慣れれば唐突に見える事もあるものだ。



 地蔵の真ん中に、地蔵よりも小振りな背を丸め屈み込む、人の後ろ姿の様なものがある。



 万雷が言っていたのは、地蔵や橋ではなく。あの人物の事だと坂田は認識したと同時に、自然と足は地蔵の元へ、もう歩を進めていた。






©️2025 嵬動新九

※盗作・転載・無断使用厳禁

※コピーペースト・スクリーンショット禁止

※ご観覧以外でのPDF、TXTの利用禁止

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