序開
慶長 二十年、春の果て――
戦乱絶えぬ日ノ本の世は、大阪城が炎に包まれし大戦を終に、天下泰平を手に入れる。
幕府は、その新たな時代の幕開けを元和偃武と讃え、泰平を世に知らしめた。
しかる 惜春 より、幾とせ。 その礎に、陰りが生ずる。
舞い上がった火の粉は、殿を瞬く間に焼き払い。
けたたましく巻き上がる炎は夜空を赤く染め、立ち上る黒煙が月を汚す。
堂々たる宝殿は炎に包まれ、左右に開いた御扉の奥に本尊は無く。
何とも哀れな空の宝殿は、崩れる瓦屋根に轟音と共に押し潰された。
灼熱の炎が全てを呑み込もうと、機を窺うかのように踊り狂う中。
今紫色 の羽織をはためかせ、血に染め上げたように、赤く赤く浮かび上がる青年の面差しは、憐れみと怒りを宿していた。
「無貌の鬼とは…まさしく…」
膝へかかる血色の長髪をたゆらせ、頭部にある六本の黒角に禍々しい気配を宿すその鬼は、炎に身を焼かれる事も厭わず。片膝を崩して胡座を搔き、薄笑いを浮かべては青年の容姿を値踏みしている。
やがて青年は音も無く刀を抜き、額の上まで切っ先を上げた。
「貴様だけは此処で、斬らねばならんようだ」
憐れみを断ち切ったその言葉に、鬼は、唇の失せた口元を歪める。
「――イイ……ツラダナァ…!」
呵々大笑する鬼はゆらりと立ち上がり、自身が持つ茶蝋色塗りの鞘を、後方へ投げ捨て刀を抜く。
鬼の掠れきった笑い声が、轟き止んだその刹那。
青年は地を蹴り、無貌の鬼へと刀を振り下ろした。
一章へ継ぐ――
©️2025 嵬動新九
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