二章 燠 六丁
「餓鬼はいい。男は足を潰しとけ」
「うーす」
親玉は耳を小指で穿りながら適当に子分に命じ、指示を受けた手下達は、薄笑いを浮かべて少女と碧眼の男へ腕を伸ばした。
「やめて !! 近寄らないで !!」
少女は恐怖のあまり咄嗟に碧眼の男に覆い被さるが、呆気なく二人の男に腕を引っ張られ、男から引き離された。それでも尚、少女は抵抗し賊の手を振り解こうと暴れ、懸命に身を捩った。
「お…落ち着きなよ嬢ちゃん…!怖くねぇからー…」
少女の左腕を押さえる男は、多少の良心が痛むのか、元々気が弱い性格なのか、無理に笑顔を作り少女を宥めようとする。
「動かねぇぞこいつ…」
碧眼の男の元へ群がった数人の賊は、男の腹を数回蹴り、呻き声も上げない男に首を捻った。
そして、穴だらけの羽織を着た賊は、碧眼の男の腹部を蹴り上げ、横向きに寝転がし、空寝をしているのではと、屈んで男の様子を探り始めた。
「あぁ? 打ち所でも悪かったか?」
「びびっちまって、狸寝入りしてんだろぉ? おーい。足、潰しちまうぞぉー?」
「…ったく! 大袈裟なんだよ。おい、起きろ!」
倒れる男をじろじろと眺める賊を、仲間の一人が払い除け、碧眼の男の頬を数発強く打った。しかし、それでも目を覚まさない男へ腹が立った賊は、苛立つ感情のままに男の胸倉を掴み、乱暴に着衣を引き寄せる。
その拍子に、碧眼の男の面相を遮る覆いが捲り上がり、突如として男の容姿が露わになった。
「うわ !! 何だこの面っ !!」
声を揃えて賊達は絶叫し、見た事のない男の髪色と彫りの深い容姿に、胸倉を掴んでいた賊は化物を見た勢いで、碧眼の男を地面に放り投げた。
突然の事態に面食らった賊達は、後ろへ飛び退くか、男から逃げる者達で騒然となる。
海に囲まれたこの島国は、異国の者と触れ合う機会など殆どなく。髪が黒く、肌は宍色といって黄色がかった赤みの肌が、この島国の人種の特徴である。目と眉にあまり彫りはなく、鼻筋は高くはないがこじんまりとした小鼻の者が多い。
碧眼の男の純白な肌と、鼻が高く凹凸が深い顔立ちに似た容姿を持つ者など、この国の何処を探しても見掛ける事はないだろう。
その為、怯えている賊達の中には、この碧眼の男の正体を鬼と捉えている者もいるようだ。木の陰で、男の様子を窺う数人の賊達は、怪物を眺めるような形相ですっかり竦み上がっている。
しかし、親玉の隣りに並ぶ猫背の男は、のしのしと碧眼の男に近付くと、怖じる事なく男の髪を掴み、鬘なのかと乱暴に引っ張った。
男の頭部が髪に釣られて持ち上がった為、偽物ではないと悟った賊は、今度は金色に輝く髪と深く瞼を閉じる男の容姿を、食い入る様に見詰め、やがて合点がいった調子で呟いた。
「外つ国の奴じゃねーか。 こいつら結構 金持ってるぞ」
猫背の男は歯の抜けただらしない笑みを仲間に見せて言うと、一番乗りとばかりに男の荷を漁り始める。
金と聞いた親玉は上機嫌に口笛を吹き。
碧眼の男に怯え木陰に隠れていた賊達は、一瞬で欲が怖れを忘れさせたのか、金に目が眩んだ貪婪な有様で、男の元へ蠅の如く群がった。
「そいつぁいいな! へへ…どーれどれぇ、金目の物は…」
「おぉ! 上等な毛皮だな! あったけー! 何の犬だ、これ?」
碧眼の男の懐へ腕を入れ銭を探す者や、男の身に着ける毛皮に頬ずりするなど、賊達は思い思いに意地汚く、嬉々として男の持ち物を物色した。
「お!いい得物持ってんじゃねぇか!」
猫背の歯の抜けた賊は、目敏く碧眼の男の腰に下げる刀に目を付けると、下品に口元を緩め、土で薄汚れた指先を刀へ伸ばした。
「――下衆共が…!」
突如、意識がないと思われていた碧眼の男から、怒気を帯びた声が発せられた。
低く森に木霊するその声は、紛れもなく蟒蛇を罵っていた声と同一であり、碧眼の男が目を覚ましたのだと少女は一瞬顔を綻ばせた。
©️2025 嵬動新九
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