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無貌ノ鬼【四章完結】  作者: 嵬動新九
第二章 燠   ―黎明篇―

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二章 燠  四丁




鬱蒼(うっそう)とした森林を歩く三人の男。

空を(おお)って密生した木々が日の光を遮り、時の移り変わりを狂わせる。



 ――間もなく日が暮れ 今日は野宿となるか



枯れ枝を踏み、軽く滑った足下を立て直す何気ない所作に、一抹(いちまつ)の疲労を感じる。



 ――己も年老いた

 この枯れ枝のように……この老体も朽ち、いずれ折れ伏す……



踏み付けた枯れ枝が音を立てて折れ曲がり、斜面に積もる枯葉の上を、小石と共に滑り落ちるその姿に、度々己を重ねてしまう。


考えが見透かされたか、将又(はたまた) 同じ考えを巡らせていたのか。後方から深く息を吐いた男に気が引かれ、つい己は振り返った。



後ろを歩く二人の若者は、共に(かさ)目深(まぶか)に被り、己の左後方を歩く男は体格が良く。対し右の男は、(たくま)しいその者よりも体格は華奢(きゃしゃ)である。

体躯(たいく)で劣り、加えて手先は不器用な男だが、刀の腕だけは一流だと言える。どれ程足場の悪い山道であろうと、(つまず)いた所など見た事がない。



『今宵も見えるのか? 格兵衛 (かくべえ)


黙々と長き間を歩いていた気晴らしを()ねて、先程深く息を吐いた右後方の男へと、他愛なく戯言(たわごと)を尋ねてしまった。くだらぬ問いだが、後ろを歩く二人の屈強な者共(ものども)律儀(りちぎ)にも、(ひま)を潰す相手をしてくれるだろう。



一部(ほころ)びのある使い古した角笠(つのがさ)を被り、(うつむ)いて凜然(りんぜん)と歩いていた二人の旅の道連れは予想通り足を止め、そして名を呼ばれた男は面を上げた。


顔を覆い隠していた角笠のつばが首の動きに合わせ持ち上がり、若者の固く閉ざされた口元を(ようや)く覗かせた――。





 ――不意に色褪(いろあ)せていた足場の植物たちが鮮やかに映る。


 色だけではない。木々も土の色も、草木の香りすら、先程男達が歩いていたあの鬱蒼とした森とは別の山粧(やまよそ)うに変化している。



 しかし、突如 色鮮やかに映えた風景よりも、誰かが自分の腕を握っている、その感覚が碧眼(へきがん)の男を混乱させた。

男は即座に後ろを振り向き、自分の左腕を掴む者が何者なのか、その正体を見た。



 両腕で包み込むように碧眼(へきがん)の男の左手を握っているのは、紫陽花(あじさい)柄の頭巾(ずきん)を被った、年端のいかないあの少女。


 先の村で男が命を救ったその少女は、身を後ろに倒し男の腕を引くと、気遣わしげに男を見上げた。


「…危のう…ございます……」


 恐る恐る上目遣いで言った少女の言葉が理解出来ず、碧眼の男は茫然(ぼうぜん)と自身の前方の山道に視線を戻した。



 男の眼下の足場は途切れ、前方の地面が1mほど沈下しており、少女の言う通り後一歩でその低地に転落し、男はその真下の岩に頭を打ち付けていた恐れがあった。


 その上、危険はそれだけではない。


 もし男が転落していたならば、落下の勢いで傾斜を滑り、その先の断崖へと落ちる事こそが最も恐ろしい危難であり、本来少女が言いたかった警句は、この断崖絶壁を指すのだろう。


 地盤沈下で出来たであろうこの断崖は深く、時分(じぶん)が夜である事も(あい)まって、断崖の底は漆黒の暗闇で満たされている。(ゆえ)に、どの様な光景が広がっているのか、穴の底を覗き見る事は出来ない。



 ここは何処なのか。どれ程時が経ったのか。


 夢を見ていたような…己は(なか)ば無意識でこれほど森深くまで辿り着いたのかと――崖底の闇を覗く碧眼の男の思考は、自身への疑いと 焦燥 (しょうそう)が激しく行き交い、その瞳を泳がせた。



 静止したまま一向に動きを見せない碧眼の男に少女は戸惑(とまど)い、覆い(フード)に隠れた男の顔を覗き見ようと首を傾けた。



 その時、俯き足元を見下ろしていた碧眼の男の身体が、ゆっくりと前面へ傾いた。



「え……――きゃあ !!」


 重心が前に傾いた碧眼の男の身体を支えようと、少女は持てる有りっ丈の力で男の左腕を後方に引っ張ったが、その奮闘虚しく。少女は男の手を放さなかったばかりに、共に前方の低地へ転落してしまった。




©️2025 嵬動新九

※盗作・転載・無断使用厳禁

※コピーペースト・スクリーンショット禁止

※ご観覧以外でのPDF、TXTの利用禁止

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