表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無貌ノ鬼【四章完結】  作者: 嵬動新九
第二章 燠   ―黎明篇―

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/103

二章 燠  三丁


 碧眼(へきがん)の男が去り、訪れた(しば)しの平静に身を浸していた一同であったが、突として坂田は顔を上げると、(せわ)しなく辺りを見回し何かを探し始めた。


 落ち着かない(あるじ)の様子に、鳥什丸(うちまる)は首を傾げ、他の配下達は落とし物でもしたのかという顔で坂田を見詰める。


「…あの(わらべ)は何処へ行った?」

「あ…。さっきまで…」


 坂田の足元にいた少女はいつの間にか姿を消し、配下の者達も一斉に自身の足下を確認して少女の姿を探した。


 しかし荒廃した村を幾度も見渡そうと、少女の姿はなく。銀杏(いちょう)(みき)に素早く身を隠したあの時のように、少女は華麗(かれい)に姿を(くら)ませていた。




「若ー!!」


 西北の耕地(こうち)のある方角から坂田を呼ぶ声が反響し、その馴染(なじ)みある声に、坂田一同は揃って勢い良く、首を声の(ぬし)へと向けた。


 息を切らせて崩れた家屋を滑り降り、遠方から駆け足で此方(こちら)へ向かって来る3人の男達は、紛れもなく西北の調査に向かい野衾(のぶすま)に襲われ命を落としたと思われていた戌亥(いぬい)隊であった。



 顔色の悪い者が一名おり、全員着衣は少し汚れてはいるが大怪我(おおけが)はなく。身軽に此方へやって来る姿は、坂田一行の暗い面持ちを一瞬にして明るく一変させた。


「お前達 !! 無事であったか! よくぞ戻った !!」


 全員で一目散に戌亥隊へ駈け寄り、坂田は3人の顔を一人一人確認すると、晴れやかな充足に満ちた笑みを浮かべ、合流した一番手近な男の肩を力強く叩いた。


 いつもより手厚い歓迎に戌亥隊の男達は、何故(なぜ)こんなにも仲間が喜び弾んでいるのかと理解が及ばず、3人で顔を見合わせる。


「ええいノロマ共 !! 今まで何処に隠れていた !!」


 小鳥の様にきょとんと並ぶ3人の男達を、万雷は立腹(りっぷく)し怒鳴りつけた。合流に遅れ、主の危機に参ぜぬ己の不面目(ふめんもく)を恥じる様子もない男達が気に喰わず、どうしても叱り付けねば気が済まないのだろう。


 しかし叱責(しっせき)されているにも関わらず、戌亥隊はへらっと笑顔を作ると悪びれずに万雷の怒声に答えた。


野衾(のぶすま)に襲われて目舞ひ(めまい)を起こしまして! 危ないから仏閣(ぶっかく)に隠れていたんです」

「いやー怖かった! 皆様ご無事で何よりです!」


 仲間の無事を信じていたからこそ、己の身の安全を優先したと言いたいのだろうが、武士が台頭(たいとう)するこの時代では、この男達の行動は忠義を持って仕える臣下(しんか)として、あるまじき行為だと非難を受けるのは当然である。


 だが坂田は良くやったと満足げに頷き、(とが)める様子は一切ない。


 そんな主の配下への甘さと、戌亥隊の反省のない態度に、万雷の怒りは余計に(あお)られた。


「貴様等それでも鬼狩りか !! 恥を知れい !!」

「霧が晴れました(ゆえ)、思い切って()せ参じましたぞ!」


 万雷の怒声を物ともせずに戌亥隊は意気込むと、一人は腕を上げて力瘤(ちからこぶ)を作り、残り二人はまだ敵が潜んでいるのかと、手で(ひさし)を作り目を細めては、執拗(しつよう)に辺りを見渡した。


「若! 無礼(なめ)られておりますぞ !!」

「お前が言うな」


 (あやかし)を退治したとは(つゆ)知らず、的外れな言動を取る3人を指差しながら、万雷は坂田へ抗議したが、坂田は普段の万雷の態度に思う所があるため肩を持たず、すぐさま万雷へ吐き捨てた。


「ガツンと一言申し致すべきです!」


 未だ抗議し怒りに(たぎ)る万雷を見て、坂田は(また)もや苦言を(こぼ)すかに思われたが、意外にもその顔は(ほころ)んでいる。


「良いではないか。 皆 無事であったのだ。 命あることが何よりも肝要(かんよう)ぞ」


 坂田は穏やかな笑みを浮かべ万雷を軽く(いさ)め、幸福に包まれた晴れやかなその顔には、深く眉間に刻まれていた(しわ)(あと)すら残ってはいない。これまでの険しい面相と一転して、この穏やかな顔立ちこそが、本来の坂田の姿なのだろう。


 全員の無事を噛み締め、心から喜ぶ主を見て、万雷は自身の頭をぼりぼりと掻き。その顔は未だ(しか)め面だが、すっかり怒気を削がれた様子で口を(つむ)ぎ、譴責(けんせき)は胸に納めたようだ。


 坂田の柔和な調子が場に安らぎを与え、配下達は張り詰めていた緊張を解き、肩の力を抜いて(ようや)く一同は顔を微笑ませた。



「わ…若 !!」


 戦いを終え安堵(あんど)に胸を撫で下ろしていた一行だったが、突然配下の一人が上擦(うわず)った声で坂田を呼んだ。


 しかし配下が名を叫ばずとも、坂田は自分達を取り囲む大勢の人々の気配に、仲間よりも寸秒早く気が付いていた。



 坂田達を取り囲む人の群れは、枚挙(まいきょ)(いとま)がない程の群衆であり、村の風景は人々によって遮蔽(しゃへい)され、辺りを一望する事は叶わない。


 その群れは老人から子供まで齢も性別も様々だが、全員(まばた)きも行わず、坂田一同を食い入るように見詰め、その眼差しは何かを訴えかけているようであった。


 此方を凝視するその姿に生気が感じられないのは、この者達が命尽きた霊魂であり、生活の営みが垣間(かいま)見える服装から見て、蟒蛇(うわばみ)()まれ犠牲になった村の人々であろう。人々の脚は膝下から透き通り、そこからなら(かす)かに村の風景が透けて見える。



 無念を残した魂が供養(くよう)されずに彷徨(さまよ)い、(あわ)れにもこうして面前に現れたのだと、察した坂田の表情には新たに影が差した。


 そして坂田は、刀柄(とうへい)を握り困惑の様子で主を庇い立つ配下達の列をそっと掻き分け、村人へと歩み寄った。


「…先程寺があると言ったな?」

「は…はい !?」

案内(あない)致せ」


 坂田は戌亥隊の一人に命じると、当然であるかの様に、村人達へ深く頭を下げた。


此度(こたび)は我ら儺斬(なぎり)が御供養 (つかまつ)ります。 その後、必ずや僧徒(そうと)を招き()り行う故、今は曲げてお許されを…」


 至誠(しせい)の心を(もっ)て申し出た坂田に続き、配下達も揃って深く頭を下げる。



 時の(ほど)(こうべ)を垂れる坂田一行を、亡魂たちは虚ろに見詰めていたが、一行が顔を上げる(わず)かな間に、数多の霊魂達は全て姿を消していた。



 応諾(おうだく)してくれたのだろうと、受け止めた坂田一行の視線の先には村の出口があり、怪異が解決した今ならば、もう村里へと戻される事はないだろう。


 しかし坂田は出口を目指さず、村人との約束を果たす為、――その魂を(とむら)う為に、配下達を連れて再び村の奥へと歩み出す。



  残照 (ざんしょう)満ちる夕空に広がる最後の光芒(こうぼう)が消えゆき――

 辺りには舞い散る銀杏の葉と追風のみが、坂田一行の旅路を見送るかの様に吹き抜けた。






©️2025 嵬動新九

※盗作・転載・無断使用厳禁

※コピーペースト・スクリーンショット禁止

※ご観覧以外でのPDF、TXTの利用禁止

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ