一章 十六丁 終はらぬ喰い合い
――どうやって抜け出した、何処へ消えた。
考え巡らせ動揺する蟒蛇は、突如自身の頭上に重みを感じた。
蛇は元より視力が優れておらず、また視覚範囲が狭いため、前方以外の視認が困難である。それ故に、己の頭部に感じた重みの正体を、目視で確認する事は出来ない。
だが己の頭に降り立ち反撃を加える者は、あの鬼面の男しかいないという確信が、蟒蛇に 焦燥 の声を漏らさせた。
「な…っ!!」
予期した通り、鬼面の男は既に蟒蛇の頭上で抜刀し、左腕に黒炎を纏い、渾身の力を刃に込めて、今まさに刃を振り下ろそうとしている。
男の左腕の黒炎は大きくうねり、振るえと言わんがばかりに、刀身に宿る炎は爆ぜた。
身に危険を感じた蟒蛇は、男を振り払おうと咄嗟に首を振り乱した。しかし蟒蛇よりも速く。――男は大蛇の体を蹴り、宙に跳び上がった。
鬼面の男が宙に逃げた事で、己の勝利を確信した蟒蛇は顎を外し、黒炎を散らし降下する男を喰らおうと、上空へと牙を剥いた。
だが好機であるにも関わらず、蟒蛇は硬直する。
猛々しいまでの黒炎を纏い、亀裂の入った鬼面の隙間から覗かせた鬼気迫る男の容姿は、自身の鱗に悍ましい血の手形を付けた――あの恐ろしい。炎のような赤い髪を靡かせた、鬼の記憶を思い起こさせたからに他ならない。
「…鬼……ッ」
恐怖に慄き力無く呟いた蟒蛇に、鬼面の男は容赦なく刀を振り下ろした。
たった一太刀で、蟒蛇の首を斬り落とした黒炎は留まらず、更に勢いを増して蟒蛇の体を切り裂き全身を駆け巡った。
その壮絶な炎の熱量に、坂田達は顔を覆い。痛みと 灼熱 に悶え苦しみ、叫ぶ蟒蛇の断末魔は、静寂な村により悲痛に響き渡る。
やがて体を四つに切り裂かれた蟒蛇は地に倒れ、苦悶に歪めた大口を開いたまま、地に降り立った男の姿を、白濁した瞳に映した。
男がとどめを刺さずとも、村中の人間を意図も容易く呑み込んだこの大蛇は、ただ首を横たえ己の命が燃え尽きるのを待つのみだろう。
蟒蛇を焦がす黒炎の爆ぜる音が、廃墟と化した村にまた物悲しく反響し。巨体である蟒蛇を、一本の刀のみで仕留めた男に、坂田一行が底知れぬ恐怖を抱き、愕然とした面持ちで、誰一人として勝利の喝采を鬼面の男に贈る者はいない。
しかし坂田は、人間が大蛇を討ち果たした事実に驚いているのではなく。鬼面の男が左腕に持つ、黒炎を纏う刀を食い入るように見詰め、その在処にただ 驚倒 していた。
「その刀は…!」
坂田がそう呟いたと同時に。鬼面の男は、刀を手の甲で器用に回し、切っ先を鞘の入り口である鯉口へと滑り込ませる。片腕で弧を描き納刀した刀は、名残惜しく炎を少し巻き上げると、やがて鞘の中に鎮まった。
鬼面男の腕からは煙が立ち昇り、ぱきっと炭が爆ぜる音が、また一度大通りへと響く。
その不審な音に、再び坂田は眉を顰めるが、男の顔を覆う鬼面が音を立てて足下へ崩れ落ちた事で、注意はすぐに其方に逸れた。
面を失い、露わとなった男の青白い肌を血液が滴り。砕けた面の破片が頬を傷付けて流れ出た血を、男は簡単に指先で拭う。そして漸く、俯けていた顔を上げると、生気のない虚ろな面差しで坂田を見据えた。
「な !? 何だッ!? その顔は !? 貴様、鬼か !!」
想像だにしていなかった男の容姿に万雷は驚愕し、薙刀を男へ突き付け、動揺を露わにした。一同は響めき、坂田以外の配下達は総じて、男の顔立ちを見て面食らっている。
男の頭髪を隠していた覆いは、捲れて背に垂れ下がり、面を失った事で今や男の容姿は全てを曝け出していた。
金色に輝く髪に、鼻筋は高く。青ざめたように白い肌と碧眼の瞳を持つこの男は、蟒蛇を燃やす黒炎に照らされ、より一層人ならざる者に思えてならない。
血の気が失せ、亡霊のように虚ろに佇む男を見て、恐れを抱くのも無理はないが。無表情に、ただ静かに立ち尽くすその様は、例えるならば人形のような、魂の宿っていない無機物である印象すら一同へ与えてしまう。
そして予想に反し男は若く、恐らくまだ二十も齢を重ねてはいないだろう。男の年齢も一同が驚いた理由の一つでもあった。
やがて男は一歩坂田へ歩み、形の整った唇を開き言葉を発した。
「無貌の鬼を 知らぬか?」
戦いに身を投じていた先程とは、別人とも思える物静かな――かつ意志の籠もった声色で、男は坂田へと尋ねた。
しかし、男の問いに答える者は誰もおらず。目の前の碧眼の瞳を持つ男を、坂田一同は混乱の面持ちで見詰め、沈黙だけが延々と流れてゆく。
蟒蛇を焼き尽くす黒炎が、男の金色の髪と青い瞳を不気味に映し。坂田と碧眼の男は、互いを推し量るが如く見つめ合い。
こうしてまた、鬼狩る者達は邂逅を果たした。
第一章 完
次章へ継ぐ――
©️2025 嵬動新九
一章はこれで完結となり、物語は二章へまだまだ続きます。ここまでお付き合いくださり有難う御座いました! ブックマークやご評価をいただけると、とても有難いです。
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