六章 十八丁 屠毒
ひやりと死が過ぎる感覚と共に、抜き身を振り上げ、背後から首筋を狙い澄ます一太刀がある。その速刃を辛くも躱し、獲物を捨てて逃げ惑う鬼を、卜部は間合いを取らせず猛追する。
一足遅れて、杣道を抜けたネイは、無残な姿で横たわる黒桜丸に駆け寄り、その身体を揺すった。
「黒桜…っ! 黒桜っ!!」
ここまで四半刻は掛かるところを、六分以上は縮めたつもりだが遅すぎた。
毒気は風に流され今は脅威でなくとも、長く当てられた黒桜丸は呼び掛けに応じず、筋は虚脱し、身体は冷え切っていた。呼吸すらないと心臓が縮み上がる思いをしたが、首の脈を測れば、弱々しくも鼓動はあった。
「まだ息がある…!」
ネイは、走り寄る老人達の手を借りて、黒桜丸を伝七の元へ運び込んだ。
片足を負傷し、歩けぬ伝七は座り込む身体を引き摺りながら、痛ましげな表情で黒桜丸を迎え入れる。
煙霧状の毒は、野外ということもありそれほど広範囲には至らず、伝七の家辺りは苦もなく息が吸えた。
村人達を逃がさねばならないが、処置を急いだネイは、鞄から薬を選び取り、前もって竹筒に仕込んだ薬液で、血塗れの黒桜丸の顔を洗い流した。
「血が…すべて流れるまで……これで目を濯いで……っ、それから――…これは飲ませてほしい…!」
「お任せください…!」
もう一つの竹筒と、飲み薬を錨へ渡すと、老人達はすぐさま無駄のない手つきで黒桜丸の目を濯ぐ。伝七は抱き締めるように黒桜丸を温め、自分の上着を脱いで老人達は凍えたその身体へ被せた。
指示を受けずとも的確に取り掛かる樋造らに処置を任せ、毒気が来ればこれで防ぐようネイは脱いだ合羽を渡した。
「お連れは井戸です !! 行ってやってくださいっ!!」
生きた心地がせず、冷や汗を掻きながら御鈴姫の行方を尋ね淀むネイを見て、山治が居場所を教えてくれた。その一言で、真っ白に褪せていた顔には色が戻り、ネイは井戸の元へ 驀地 に向かう。
井戸は酷く拉げており、折れた木材が鋭利に飛び出す有様が、また不安を煽る。だが、そこへ近付くにつれて、ここは土の中だと泣き叫ぶ狛和丸と、御鈴姫の泣き狂う声が地表にまで聞こえてきた。
「御鈴ーーッ!!」
「ネイぃぃーッ!!!」
身を乗り出すように井戸を覗くと、御鈴姫はぐちゃぐちゃに泣き崩した顔で首を上げる。
「黒桜がぁ…っ! お…鬼がぁぁ…っ!! うぇぇん…うわぁぁあああんッ!!!」
黒桜丸が鬼に殺されたと思い込み、御鈴姫は嘗てないほど取り乱していた。
「大丈夫! 生きてるっ!!」
そう伝えれば、あうあうと噦りを上げ、泣き声は静まっていった。
「必ず…引き上げるから、ここで待ってて! 狛! 御鈴を頼む!」
「いやじゃあああッ!! 水が冷た――」
狛和丸が何かを叫んでいたが、ネイは井戸に蓋を被せた。
封を突き抜けて、まだ騒ぎ立てる声は聞こえてきても、今は聞き入れてやれず、勇猛に鬼を追い詰める卜部の加勢に急いだ。
©️2025 嵬動新九
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