六章 十五丁 出づる悪鬼
洞穴が破壊された轟音は、山を隔てた向こう側にも届いていた。
「今のは…!? まさか…っ!!」
先の村を見据えるように、ネイは小山を見上げて声を取り乱す。
鬼が窟を抜け出した事を直感した卜部は、武者震いを起こす身体を 即応俊敏 に走らせる。その動きは風を切り、岩が露出した山面を跳ねるように駆け上がって、忽ち木々の向こうへ消え去った。
持てる力のすべてを使い、ネイもその後を追う。それでも、御鈴姫の危機に間に合う見込みはない。
――だが、御鈴姫を救うものは、他にもあった。
黒炎を散らし、即座に抜刀した黒桜丸は鬼の腕を斬り付ける。
疫鬼は、死角から腕を切られたことに驚いて手を放し、御鈴姫を床へ落とした。
「いってぇ!!! 何しやがるッ!!!」
斬り落とすつもりで力を込めた筈が、朽葉色の皮膚には、少し切り目が入った程度だった。にも拘わらず、鬼は大袈裟に痛がり、蹼の張った指で傷口を押さえる。
「待てぇえッ!! 小鬼ッ!!!」
四つん這いで逃げ惑う御鈴姫を捕まえようと、鬼は板壁に食い込んだ身体をより室内へねじ込み、家屋を盛大に歪ませる。
鬼の腕へ狛和丸は飛び掛かり、御鈴姫の背中を掴み取る直前に、深々と牙を食い込ませた。
「いっでぇーッ!! やめろぉおーッこの犬ッ!!!」
噛まれた腕を振り回し、鬼が暴れ回れば、見上げるほどのその体格が、家の至る所に打ち当たる。鬼を斬り付ける又とない機だが、己に向かって倒れ込む柱を、黒桜丸は斬り払うしかない。
やがて疫鬼は子犬を引き剥がし、壁に叩き付けられる即のところで御鈴姫は犬神を受け止めた。
「鈴っ!! 何をしておるっ!! 早う逃げんかっ!!」
「だって…ッ!」
余計なことをするなと狛和丸に叱り付けられ、御鈴姫は急いで表戸を引くが、建物全体が歪んでいるため戸はびくともしない。
その側にやはり鬼が迫り、遮るように割って入った黒桜丸は、斬瞑天月を横凪ぎに振るった。
疫鬼は、腹部を斬られる寸前に身を引き、炎に怯んで建物の外へ逃げた。
その影響で、家屋はすべての支えを折り、黒桜丸は御鈴姫を脇に抱えて、脆く衰えた板壁を蹴破り外へ出る。脱出を果たせば、立ち所に家屋が全壊し、見渡した光景もそれは酷い有様だった。
妨げとなるものを躱さずに突き進んだ鬼は、木々と数多の家屋を直線状に打ち壊していた。
「伝七ーッ!!!」
又隣 にあった伝七の家も、その通り道になったようで、ばらばらに倒壊した木材の上に形を留めた屋根が乗り、さらに横倒れた隣家がそれを押し潰している状態だった。
無人であれば事なきを得たが、 就眠 の刻に襲われた伝七は、家屋の下敷きとみて間違いはないだろう。
駆け付けた樋造と吉平が、決死な思いで瓦礫を掘り起こし、住まいが離れていた山治と錨も大工道具を抱えてやって来て、四人掛りで伝七の姿を探した。
黒桜丸が御鈴姫を連れて後退すれば、鬼は近くの村人に目もくれずにじりじりと躙り寄ってくる。取り敢えずこのまま井戸の元まで下がり、村人から鬼を遠ざけた。
伝七は土間にうつ伏せて見付かり、命に別状はないものの、下肢が屋根の梁に挟まってしまい身動きがとれない。
そんな仲間を置いて、樋造たちがこの場から逃げ出すとは考えられず、黒桜丸は守戦の意を固め、刀を構えて敵を見据える。それに同調するように、斬瞑天月は大きく黒炎を唸らせた。
「おいおいおい――…ッ、その刀…!」
顔を引き攣らせながら疫鬼は炎を透かし見て、斬瞑天月の刀身を睨み付ける。
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