六章 十三丁 万劫獄苦
『うるせぇ!!』
だが飯助は耳を貸さず、樋造を上がり框まで突き飛ばすと、さらに心無い言葉を卜部に浴びせかける。
『テメェがこの村に来なければ俺の倅は死ななかったッ!! 倅を返してくれよ……!! なぁ…!!』
土間を踏み込んで、卜部に掴み掛からんがばかりに迫る危うい男を、樋造は必死に表口へ押し戻す。
『お前の所為だッ!! 何が剣術だッ!! 役に立つどころかッ皆犬死だッ!! なんにもならねぇじゃねぇかよ !!!』
飯助は狂ったように泣き叫び、樋造と取っ組み合う。それを今まで傍観していた者達は、暴れ回る姿に愈々危険を感じて助けに加わった。
だが数人掛りで家屋から追い出されようと、飯助は尚も戸口を掴んで粘り、怒りの矛先を邪魔者達へ変える。
『お前等もなんとか言えよッ!! 俺ぁ余所人を受け入れるなと言ったよなぁ!!』
言い散らせば、一人が追い出すのを止め、宥めようと近づいて思い留まる者、気まずそうに俯く者などが見え隠れした。それらは口には出さずとも、飯助の考えに同調していた。
その者等を見て、樋造は力が抜けるほどの衝撃を受けたが、飯助にとっては勢いを得ることとなった。
『こんな野郎…ッ!! ――テメェの所為でもあるんだぞ樋造ッ!!』
非難は樋造にまで及び、飯助は疲れ果てた三人を掻き分けて、室内に轟くほどの声量で喚き立てる。
『テメェが来てから変わっちまったんだよッ!! 全てッ!! お前が来るまでは平和でやってたんだッ!!!』
女達は恐怖と悲しみで泣き乱れ、伝七は身を縮込ませて、聞いてはならんと念仏のように繰り返しては、震える手で卜部の耳を塞いでいた。
『……――ッッいい加減にしろッ!!! 飯助ぇ!!!』
遂に我慢の緒が切れた樋造が、思い切り身体を突き飛ばすと、飯助は勢いよく外へ弾き出され、上向きに倒れながら地を滑る。
『二度と先生に近付くなッ!! 出て行けぇ!!!』
温厚な樋造が、ここまで憤慨する姿を目にした事がない村人達は息を呑んだ。
『………そーやってまた…、余所者の肩持つのかよ……っ』
飯助は歯を食い縛り、震わせた顎から涙を落として、樋造を睨み返す。
『ああッ、こんな所出て行ってやるッ!! そうやって馴れ合って、この村でくたばりやがれッ!! 人殺し――ッ!!!』
誰彼構わずに吐き散らし、飯助は最後まで、卜部を人殺しと罵った。
そして、皆に許しを請うて土下座する妻と、嫌がる娘を連れて、その日のうちに村を出て行った。
喧騒が静まった村に、人々の啜り泣く声だけが止まずに続く。
込み上げる涙と、震える拳が落ち着くまで、樋造はその声を聞きながら立ち尽くすしかなかった。
そして卜部もまた、血が滲む包帯から、涙の混ざり合った赤い雫を絶えず流し、夜具に染みを広げていた。
…――これは、何度思い返す地獄か。
こうして洞の前で、復讐を待ち侘びる間、皆の絶望や、味わった痛みを心が見せる。
あの日から二十二年。鬼を待てども現れず、己の命のみがただ削られてゆく。
「…――ごほ…っ!」
窟に立ちはだかる身体を風が通り抜け、思わず咳が込み上げた。
口内に血の味が広がり、左手に生暖かいものを感じながら、卜部は己の命の残をみた。
©️2025 嵬動新九
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