六章 十二丁 万劫獄苦
永劫、光を失った眼には――、地獄が浮かぶ。
鬼が現れ、窟に隠れたその日から、終わりなき悪夢は続いた。
幸福に笑い合い、若者の活力に満ち溢れていた村は、我が子を失い悲嘆に暮れる大人ばかりとなり、気丈に振る舞える者が、精根尽きた仲間を支えて辛うじて生きてゆく――そんな有様だった。
未来を担う若き男手たちを、一瞬にして奪われたその痛みは計り知れず、そうして無残に折れた心をさらに追い詰めるのが、卜部の変わり果てた姿であった。
鬼の脅威から生還したものの、毒に蝕まれた身体は半月が過ぎても回復の兆しなく、眼はすでに潰えたと医者は告げた。
高熱に冒され息も絶え絶えに喘ぐ姿を、今日が山場かと日日夜夜、村人達は怖れて過ごした。
頬の落ち窪んだそそけた顔をして、交代で看病に明け暮れ、喉が詰まれば、呼吸が止まらぬよう血を吐き出させねばならず、片時も気を抜けない。
子を亡くした悲しみを抱えながら、夜通しの介抱に疲れ、少し休むと言った山治は壁に背を預けて、虚空を茫然と見上げている。
心配した者が声を掛けても、ぼんやりと返すだけで、散々慟哭した後のこの変わりようは恐ろしかった。
泣き暮れる者や、荒れ狂う者。
それぞれの苦しみを目の当たりにして、樋造は、長たるもの疲れた者達を進んで休ませ、昼夜を分かたず卜部を世話した。だが樋造もまた、皆と同じで心はとうに打ち拉がれていた。
卜部の 清涼 な顔立ちは弱りきり、両の眼を覆った包帯を見る度に、樋造の泣き腫らした目から涙が溢れる。
それを堪えて、薬を飲ませようと二人掛りで頭を持ち上げ、唇へ杯をつけても、卜部に飲み込むだけの力はなかった。
『……先生、ここずっと……殆ど何も…口にしていないでしょう……。 せめて先生……薬を飲んでください……。 これでは皆が浮かばれません……頼みますから――……っ』
樋造の涙ぐましい声を聞いても、卜部の身体に気力は宿らない。
このまま命尽きてしまうのではと、傍に居た者達は 悄然 と沈み込んだ。
そんな様子を土間で眺めていた男が、突然、足元の桶を蹴り飛ばした。
『やってられっか』
男は、女達が洗った包帯を届けに来た筈だが、それを放り投げ、その次は、頭に被る手拭いをぐしゃぐしゃにして地面へ叩き付けた。
『ど、うした飯助……!?』
飯助の急な変貌に、樋造は戸惑う。
『こいつの介抱なんてしてられるか……っ。 ――死ねばよかったんだよ…!!』
当人を目の前にして言い放つあまりの非情さに、村人は全員言葉を失った。
『な――…!!』
樋造も、咄嗟に咎める事すら思い付かず、咳が込み上げた卜部の背を慌てて摩った。
『何で…ッてめぇだけが…ッ!! なんで助かったのがテメェなんだよ !!』
飯助は声を裏返して叫び、その尋常でない形相に怯えた女達は、部屋の隅へ逃げた。
男の言い様に動じた卜部が、呼吸を乱して息を詰まらせ、樋造は即座に背を叩き血を吐かせる。
『――げほ…ッ!! ごほッ!!』
病弱な様を見ても、まだ言い足りないと詰め寄る飯助にたじろいながら、伝七は卜部の両耳を塞いだ。
『い、飯助やめろ !! 何を言うんだ !! 先生が…っ一番つらいに決まっているだろう…っ!! 頼むからやめてくれっ!!』
樋造の泣きつくような反論と、居合わせた者達が向ける非難の目が、飯助をますます 狂態 に及ばせた。
『ふざけんなッ!! まだわからねぇのかッ!!?』
卜部を指差し、捲し立てる飯助の声は、村の端にまで届きそうだった。
『こいつが……吹き込んだんだ…ッ!! こいつに従って…ッくだらねぇ剣術なんて覚えたから……ッ!! 逃げずに立ち向かってあいつらは死んだんだよッ!!!』
悔し涙を流しながら感情を吐き出す飯助を、周囲の者は誰も責めなかった。
しかし、決して聞き流せぬ樋造は、裸足のまま土間を駆け下りた。
『黙らんかッ!! なんて事をッ!! ――飯助…ッお前どうかしちまってるんだ…!』
本心ではない筈と樋造は涙を浮かべて、飯助の両肩を大きく揺さぶる。
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