一章 十五丁 終はらぬ喰い合い
蟒蛇が本気を出せば、鬼面の男など簡単に捻り潰せる筈なのだが、男に生地獄を味わわせたいが為に、蟒蛇は男が窒息せぬように時々は尾を緩め絞めるを繰り返していた。
そうして鬼面の男が藻掻き、鱗を引っ掻いて苦しむ様を、蟒蛇はさも満足げに眺め舌を踊らせた。そして、そろそろ力を強め、男の体中の骨を砕いてやろうと、残忍に顔を歪ませた蟒蛇の首に、突如一本の刀が突き刺さった。
ただの刀くらいでは、蟒蛇の巨体に傷は付いても致命傷には到底至らない。だが首に深々と刺さった刀に蟒蛇は仰天し、時を待たずして飛来したもう一本の刀を咄嗟に躱すと、蟒蛇は刀を投じた者達へ目を向けた。
「者共やれ !! 得物を全て投げろ !!」
蟒蛇に有無も言わさぬうちに、坂田は大蛇へ掌を掲げ猛々しく号令し、配下達は雄叫びと共に、次々と己の刀や槍を惜しみなく蟒蛇へと投じた。
いつの間に村を物色したのか、鎌や鉈、包丁などを集めて蟒蛇へと投じる者すら中にはいる。だが万雷は、自分の愛用の薙刀を大切に肩に抱え、退屈そうに蟒蛇の巨体を眺めているだけである。
刀、槍などの刃物が、続々と翡翠色の鱗を突き破るが、どれも蟒蛇を弱らせるには至らない。しかし 矮小 な人間の取るに足らぬ攻撃にも関わらず、蟒蛇は男達の気勢に気圧され、躱しきれない得物の数々にたじろぎ、身を曲折させてしまっていた。
「ええい !! 小賢しいッ!! ――此奴がどうなってもよいのかッ!!」
遂に耐えかねた蟒蛇は、捕らえている鬼面男を鼻先に突き出し、得物を投じる男達へ叫んだ。
突き出された鬼面の男を見た配下達は、途端にぴたりと動きを止め、得物を構えた姿勢のまま、全員まるで時が止まったかの様に身を停止させた。
蟒蛇の盾にされた鬼面の男はぐったりと身動ぎもせず、力無く垂れ下がった手足だけを見れば、命尽きたようにも思われる。男の弱り切った姿を目の当たりにし、坂田の眉間の皺は更に深々と刻まれ、その表情は仲間を人質に取られた、姑息なやり方への苛立ちを露わにしているかに見える。
しかし静まり返った一行を見て、これで手出しは出来まいと内心胸を撫で下ろした蟒蛇に、予想を覆す反応が返ってくる事になる。
「知らんッ!! 其奴も覚悟の上であろう !!」
声を大に吐き捨てた坂田の一声に、攻撃を止める所か、男達は一切の迷いを捨てて、更に勢いを増して得物を投じ始めた。
思惑が外れ、仲間の命をも厭わぬ目を疑う行動に、蟒蛇は呆れを通り越した様子で巨大な口を開き、顔に当たらぬよう必死に男達の刃物を躱した。
坂田達の厭わぬ行動に驚愕したのは蟒蛇だけでなく。人質とされた鬼面男の足に、投じられた鉈が一本掠り、男の具足に切れ目が入った。それを目の当たりにした少女は背筋が凍り付き、坂田の袴を引っ張って涙混じりに鬼面男の助命を懇願した。
「おっお願い !! やめて !! お侍さまに当たっちゃう…!!」
少女の必死の訴えであろうと坂田は意に返さず、険しい面持ちでじっと蟒蛇を見上げ、対峙する敵からは決して視線を外すことはない。
「なっ…なんと醜い !! だから人間は嫌いなのだ…!! この 塵芥 共が――…」
坂田一行の勢いに呑まれ、動揺のあまり首を左右に揺らして後退する蟒蛇は、ふと尾の先端に鋭い痛みを感じた。
投じられた得物が、鱗を傷付けたにしては、痛みが鋭く焼けるように熱い――。
異変を感じて直ぐさま、蟒蛇は拘束している筈の鬼面の男へと視線を向けたが、男を締め上げていた己の尾は綺麗に真一文に切断され、切れた尾の先端は蜥蜴の尻尾を彷彿とさせる様で地面に転がっている。
地に横たわる尾は、体の一部であった事を疑うくらいに、いつ斬られ、己の身に何が起こったのかを、蟒蛇はすぐには理解出来なかった。
焼き切られた胴の断面からは、火傷が出血を抑えた為に少量の血液のみが流れ、その傷口を一瞥して漸く、蟒蛇は鬼面の男の存在を思い出した。そして忙しなく全方位に首を回し、鬼面の男の姿を探すが、地上には投擲の武器を出し尽くした男達が疲労困憊に蟒蛇を見上げるばかりで、鬼面男の姿は何処にもない。
©️2025 嵬動新九
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