六章 九丁 在りし日の面影
あの時は、まだ十六ほどにしか及ばぬ少年で、すっと面立ちの整ったお武家の若君が、何故こんな山奥にと村中がざわめいた。
ひとまず家へ招き、促されるままに腰を下ろした若者は固唾をのむ村人達へ、穏やかに切り出したのだそう。
「木を樵るのみではいけない、そこに新たな木を植えねばやがて山は死ぬ……と言われた時には……。 心得ぬ余所人が!と…思い切りがなりました」
失敗談をするように樋造は呆れ笑いを溢し、自分の容姿を哀れむように指す。
「今はすっかり皺立ちましたが…。 昔の儂は厳めしい面だとよく言われておりましたもので…、てっきり慌てふためき、逃げてゆくかと思うたのですが……」
筋骨隆々の木挽や大工に囲まれ、がやがやと詰め寄られようと、若者は正座を崩さず、高く結び上げた髪すら動じずに、腰を据えて話し続けた。
「荒ぶられることなく…なよびやかに儂等と語らって……。 歳にそぐわぬそのお姿に…皆、言うべきことを忘らえたのもありますが……、あのお方のお言葉はどれもすっと――心に沁み入りまして………。 いつしか誰も彼もが座り込んで、あのお方の話に聞き入っていました」
終始思いやりを欠かさぬ若者の姿勢に、村人達は怒りを忘れて、次第に悩み事まで打ち明けていた。
どの様な問題にも、ひとりひとりの心情をくみ取って向き合い、話の結びに、是非協力したいと微笑む卜部の顔には、澄み切った心の清らかさが明に映し出ていた。
「あれほど美しき眼をもつ若者を――…儂は見た事がない」
きらきらと光を弾く卜部の瞳を思い出し、樋造は思わず顔を伏せた。しかし、話の途中であった事に気が付き、無理に続きを再開させる。
「暫くしてから……木を刈り果て、住処を失った村もほんにあると旅商人に聞いた時は……。 尽山となり…後代に迷惑を掛けずに済んだと、誠に若者に感謝しました」
素性の知れぬ若者に関わるなとの声もあったが、村長として礼を述べねばと撥ね除け、そこから幾日も幾日も来訪を待てども、中々現れないのでやきもきしたと樋造は言う。
「その後、またふらっとあの若者が現れては、村の困り事に次々手を尽くしてくださり……、我々が打ち解け合うのにそれほど時は掛かりませんでした」
これまでの礼を返したいと言えば、若者は使い古した鋸などの道具を求め、何に使うのか尋ねると、住まいをよくすると答える。そこで初めて、若者には身寄りがなく、洞窟で暮らしていた事を村人は知った。
村に来るよう勧めても約束があるからと断るので、一本の梅が自生する場所に、小さな一人小屋を建てたそうだ。
それでも若者は、自分が余所者である事を十分弁え、村との接触はいつも最低限であった。そんな所も樋造達にはとても健気にみえたが、否定的な村人もいる事実をわかっていたからだと、時が経って思い知らされる出来事がまたあった。
「卜部様は多才なお方で…、 算術 や読み書き…様々な知識を快く授けてくださって……。 何処か物足りない生活が…、いつの間にやら、食うに困らぬほど豊かになっていました」
薄給で雇われる木挽たちの賃金を、卜部が材木商へ直接交渉したことで収入が増え、更には、わざわざ江戸へ出向いて、稼ぎが良い大工仕事を持って帰ってきた。そして、方々に樋造たちの仕事ぶりを自慢したのが上手くゆき、村には活気が生まれ、誰もが腹一杯白米を食べられるようになった。
その頃には、卜部の剣術が並々ならぬと知れ渡り、いっそう畏敬をもって村人達には接せられるようになっていた。
©️2025 嵬動新九
※盗作・転載・無断使用厳禁
※コピーペースト・スクリーンショット禁止
※ご観覧以外でのPDF、TXTの利用禁止




