六章 七丁 虚なる村
盲目の男が促した廃村を目指す黒桜丸の後を、ネイはせかせかと追い掛け、杣路を抜けた先に集落は確かにあった。
それほど広い村ではないが、ばらばらな位置に建築された家々は、空き家にしてはきちんと手が加えられ、一軒一軒が良質な造りをしている。
それでも崩れてしまった家屋は幾つか見掛けるものの、これだけ建て付けが良ければ、見渡す限り何処の古屋を選んでも真冬の一夜を凌ぐには申し分ない恩恵だった。
しかしこの村は、事前に聞き及んでいた状況と、明確に食い違う点があった。
井戸の周辺に建物がないので、そこはちょっとした広場になっており、孤影悄然としたひとりの老人が、水を汲み終えてふぅと息を吐いた時に目が合った。
老人はここの住人のようで、小山から現れた一同を驚いた顔で見詰めている。
髪の殆どが白く、老いては見えるが、年寄りと扱うにはやたらと筋肉が張り、体付きが丈夫である。水桶を置いて、すっと背筋を伸ばした動作はまだ若々しく、年輪を重ねた顔立ちとは釣り合っていなかった。
「廃村だと聞いた、どうなってる?」
此方を訝しむ男に、黒桜丸が先に訳を尋ねる。
さすれば老人は、さっと顔色を変え、井戸を離れた。
「あのお方に…、お会いしたのですか?」
足早にやって来るなり、老人はやるせない表情で二人を見る。
「盲目の男のことか?」
齟齬がないようすぐに尋ね返す黒桜丸に、老人は頷く。
「はい。 まさしく…」
言い終えるとそれきり、俯いて何やら思い悩んでしまったが、やがて顔を上げて、ある申し出をしてきた。
「…――どうか卜部様には。 我等がここを離れていない事は黙っていてくださいませんか?」
縋るような眼差しで老人は此方の反応を窺う。
しかし、事情の知らぬ二人はすんなりと承服できなかった。
「…あの男は何者だ?」
黒桜丸は盲目の男について尋ねる。
まだ黒桜丸の内面を深く知り得ていないが、他者にここまで興味をもつ姿をネイは珍しく思った。
「それを聞いて如何なさるのですか? お助けくださるのか、それとも……」
老人は込み上げる感情を途中で呑み込み、バツが悪そうに再び俯いた。
「どういう意味だ」
黒桜丸は項垂れる相手を淡々と問い詰め、沈黙の後、老人は思いの丈を打ち明ける事に決めたようだった。
「儂は……もうあのお方に苦しんでほしくはない……。 徒らに関わり、卜部様を傷付けることだけは…どうか……っ。 もしその様なおつもりなら、このまま村を通り過ぎてくだされ」
老人は頭を下げて切実に頼み込み、話し声を聞いた他の村人が家屋から出てきた。はっと我に返った様子で、老人はその者に目線を送ると、訳を悟った男は会釈だけして、また家へ戻っていった。
やって来たばかりの旅人に、立ち去れと言った申し訳なさから顔向けがならない老人へ、ネイは優しく言葉を掛ける。
「毒に満たされたあの地に…何故留まるのか…。 何があったのか、知りたい」
老人は深く考え込んだ様子をみせた。が、ネイの後ろに隠れる御鈴姫に気が付くと、時を思い出したように黄金色に染まる空を見上げる。
「夜が、まいりますな……。 …――虚しき村ですが、古家はそこばくに御座います…。 今宵はここで休らうてください」
空き家であろう家々を見渡しながらそう告げ、老人は強張っていた浮かぬ表情を優しく解した。
©️2025 嵬動新九
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