六章 六丁 失光炯々
後ろを制した男は、息を吸うのもやっとの場所で、何事もないように凜と立ち、此方を向いていた。
布で両目を覆い、馬の尾のように縛り上げた柔らかい髪が、悪風に煽られてふわふわと穏やかに肩を撫でる。清廉というに相応しい立ち姿を見せるその盲目の男に、黒桜丸は見覚えがあった。
「そこを離れなされ。 酷く病み、お命削りますぞ」
男は、言葉も出ぬ黒桜丸の側を通り抜け、筵の上に両膝を突く。その筵は、窟からの臭気が直接当たらぬ位置に、予め敷かれていたものだった。
窟を中心に捉え、鞘に腕を添える男の姿勢は、盲目であろうと洞穴の暗闇を睨み据えていた。
「それは貴方も同じ…。 ……何故この地に?」
後ろ姿から尋常ならざる 執念 を感じ取り、思わずネイは問い掛けてしまう。
だが男は答えず、風が吹き込んだ洞窟からは唸るような音が反響した。
「…――日も暮れ果つ。 ……そこの杣道をゆけば、休らげる廃村が御座います」
男が示すその小高い山には、洞穴を避けるように道がつくられており、少々足場が悪く急斜面な登りだが、向こう村へ行くには一番の近道であった。
「この一帯は毒が濃い……、そこで夜を明かし…明朝旅立ちなされ」
そう言い切ると男はまた、窟に首を戻した。そして、これ以上口を挟ませぬよう機先を制する。
「鬼といえど…、女童もおるのです」
御鈴姫の正体を言い当てられ、ネイは咄嗟に庇い立った。
これまで立ち入らずに様子見を貫いていた黒桜丸が、男の言葉が切っ掛けのように口を開く。
「……儺斬だな。 てめぇ」
その言葉通り、男が腰に帯びる黒鞘の刀は、儺斬衆のみが佩刀を許されるものであった。
洞にばかり気を取られ、思慮を怠った事を悔いながら、ネイは御鈴姫を連れてこの場を後退る。
「…わかっていながら何故……」
男にその気があれば、すでに御鈴姫の命はなかっただろう。
肝を冷やして動ずるその問いに、男は依然として、陰の帯びた静かな物言いで返す。
「所詮、盲の戯れ言。 去りなされ」
鬼狩りでありながら御鈴姫を許した男の無き眼差しには、洞穴のみしかない。
「貴方も、共に行こう。 辺りを調べたが…、ここはもう…人がいるべき場所じゃない」
その姿が捨て置けず、ネイは説得を試みる。
「毒の源である窟に…、何故そこまで――…」
だが心遣いはいらぬとばかりに、男は穏やかな口調で遮る。
「立ち去りなされ。 そこもとには謂れなきこと」
拒まれ、幾度突き放されようと、このまま去れば男を見殺しにするようで、ネイはその場を動けなかった。
そんな未練を断ち切るように、男は鯉口を切り、態と音を立ててみせる。
「心変はるやも知れませぬ。 行きなされ」
男の鋭い言葉には、労りが滲み出ていた。
御鈴姫の命を引き合いに出されては、引き下がる他なく。物言わず去った黒桜丸の後に、やむなくネイも続いた。
毒気が蔓延する地に、男を残す後ろめたさから一同の足取りは重い。
まだ後ろ髪を引かれる御鈴姫が、男の姿をちらりと盗み見れば、やはりその傍らに先程の少女がいた。
少女は涙ぐみ、此方へ引き留めるような眼差しを送れども足を止めぬ事を悟ると、男の肩に抱き縋り、顔を埋める。
その痛ましい姿が誰にも見えていないのか。
立ち止まる自分を思いやって差し出されたネイの手を握り、御鈴姫は敢えて何も伝えず、少女の憐れな姿を胸の内に仕舞った。
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