六章 三丁 虞
山道をゆく道すがら、暇を持て余すのはわかるが、くだらない長話を延々と聞かされた上、常に付き纏いを受けている自分が、何故非難を浴びなければいけないのか……黒桜丸は辟易して先頭を歩いていた。
だがその後ろに食い下がる八乎といえば、すっかりこの輪に打ち解け、思い出話を楽しんでいる。
「良きお話です! 再会が叶い、それは何よりでした!」
八乎は未だ誤解したまま、ネイと白影の再会を喜んでいたが、自分の言葉がきっかけで、ふと大切な約束事を思い出した。
「――はッ!! 再会といえばッ!! 白影様ッ、お母上様の元へ帰りましょう !!
ちょっとぉ! 何処へ行くのですかッ!!」
また始まったと黒桜丸は気疎げに、歩調をより速める。
一同は、せめぎ合いに慣れた様子で小走り、置いてゆかれぬようぴったりと追随する。
最早このような付き纏いも、四日目に差し掛かると腹立ちを通り越して呆れが勝る。 干渉 しないでおけば、そのうち諦めるという愚かな考えを、今この時より黒桜丸は捨てた。
「馴れ合うつもりがないのはこっちも同じだ。 いつまで付いて来る」
背中越しに言い捨てれば、真っ先に八乎が目を吊り上げた。
「私は妻ですよッ!!! 浮気者ぉ!!」
「……」
かっと憤激するその剣幕に圧倒され、黒桜丸は何も言い返せなかった。
「ふふっ」
「笑うな、お前だ」
仲睦まじく思い、笑うネイを、黒桜丸は睨み付ける。
「俺? 何故だ? お邪魔か?」
「殺すぞ」
怒られる様な事をしたかという顔で恍ければ、今にも噛みつかんがばかりに歯牙を見せた。
出会って日が浅く、互いの事をまだよく知らない間柄だが、行き先が同じならば、同道しても問題ないとネイは決めつけていた。
これまでの人となりを見て、黒桜丸を気に入ったというのも、共にありたい理由の一つだが。何処か切羽詰まった様なこの男を放っておけば無茶をしそうで、傍で動向を見守っていたかった。
けれど相手が馴れ合いを好まず、それを不快に思うなら今一度、信頼関係を築き直すべきかもしれない。そうネイは考えを改めた。
「役に立ちます」
「だから何だ」
共にいれば良い事があると伝えたつもりが、黒桜丸は冷ややかだった。
「薬が作れます」
まだ引き下がらないネイに返ってきたのは、反感の眼差しであった。
しかし、長所を披露した事で、他の者達も面白そうだと手を挙げ始めた。
「お料理ができます!」
「毛繕いができまぁす!」
「私は妻です!」
口々に己の取り柄を主張する二人と一匹に、黒桜丸はそっぽを向いた。
「…もういい!」
そのまま怒った足取りで置き去りにするので、一行は道歩きを再開させる。
話し掛けるなと物語る背を追いながら、八乎はむっと頬を膨らませた。
「もうっ……家を出てからずっとああです、白影様は。 そないに怒ると、ツノがぐぐっと伸びますよぉ~」
角を模すように、頭に指を立てながら黒桜丸へ呼び掛けていると、ふと思い当たるものを見出し、立ち止まった。
「ツノ…」
八乎は両手を下ろし、御鈴姫の額をまじまじと見下ろす。
今頃になって、角を食い入る様に眺められ、御鈴姫は控え目に両手で額を隠した。
「えっと…なぁに?」
御鈴姫が気まずそうに尋ねた瞬間、やっとその正体に気が付いた八乎は両手を挙げて、後ろへ反り返った。
驚愕を訴えるように見詰めてくる八乎へ、ネイは微笑み、宥めるように頷き返す。そうすれば、八乎は段々と平静を取り戻し、悄気込んだ御鈴姫を見下ろすと、やがてひょいと抱き上げた。
「可愛いから、ええっか!」
受け入れて貰えた事を御鈴姫は舞い上がるほど喜び、打ち解け合う二人を見届けたネイは、馬を引きながら親しげに黒桜丸へ近付いた。
「黒桜、白影は――…」
息災なのかと聞く間も待たず、黒桜丸は振り切ってゆく。
白影の話を出す度に、こうして避けられてしまうのが不可解で、ネイは呆気に取られてしまう。
「なんじゃ彼奴は! いけ好かん!」
狛和丸はあまりの態度だと憤り、短い鼻先で吠える。
兄弟仲が悪いのか、そう考えた時期もあったが、別の理由があるように思えてならない。 払拭 できぬ違和感を抱きながらも、ネイは白影の壮健をまだ欠片も疑っていなかった。
時が経てば、気を許してくれるのだろうか。そう悩みながら、足早に進む黒桜丸を目で追っていれば、その動きはぴたと止まった。
俯いて頻りに目を気にする後ろ姿に、不調を感じ取ったネイは、すぐさま駆け付ける。
「どうかしたか?」
黒桜丸は指で瞼を押さえ、何度も擦っては感触を確かめていた。
その様子を傍で窺っていたネイも、そよ風に当てられた際、目にひりつくような痛みを感じた。
©️2025 嵬動新九
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