五章 五十二丁 あやなし逢瀬
驚いたような調子を妙に思い、自分達も辺りを見渡してみる。と何やら、真新しい江戸の街並みと打って変わって、 厳粛 ある佇まいが多く見える。
初めこそ、また妖怪の街に放り出されたと思ったが、街を行き交う人々の中に妖異の類いなど見当たらず、服装は江戸の粋とは異なる流行があった。
「……見覚えがある。 京の街だ」
格式を感じる店構えを一望しながらネイは言い、御鈴姫を庇って汚れた衣の 土埃 を落とす。
「んんなんじゃとッ!!? あやつ出口を間違えよったなッ!!」
狛和丸は驚愕し、 瓢羨 の不貞不貞しい顔を思い出して牙を剥く。
「ここが都…! えへっすごい!」
初めて訪れた京に喜ぶ御鈴姫は、街へ繰り出したいとうずうずしていた。
だが気楽に構えられぬ黒桜丸は、文句を付けようと戸を引くが、その口が開くことはなかった。
「おい。 戻せこら」
何度も戸を叩き、凄もうとも、やはり相手にはされない。
「やっと見付けましたよっ!! 白影様 !!」
聞き覚えのある娘の声が、大通りに高々と響き渡り、黒桜丸は思わず首を向けた。その瞬間、げっと口走るように頬を引き攣らせる。
大通りには、道行く人々を通せんぼするように、脹れっ面の娘が仁王立ち、拳を腰へ当てて、すっかり熱り立っていた。
べっぴんさんやねぇ~と、町人は娘を避けて通りを行き、勇ましく両脚を開いて立ち塞がるその娘を御鈴姫は懐かしんだ。
「あ! あの綺麗な人!」
大井川で出会った振りだが、その際よりも娘は身軽な出で立ちで、薄着でありながらほかほかと活気が漲っている。
八乎は黒桜丸しか眼中にないようで、脇目も振らず押し迫り、ふんと鼻を鳴らした。
「私を侮らないでください! このくノ一である八乎から、逃げられると思わぬことです! 足元をご覧じなさい !!」
八乎がどうだとばかりに胸を張るので、言われた通り足元を見下ろすと、いつ散らしたか定かでない撒菱が、一同を円形に囲い込んでいた。
かなり広範囲に配したそれを町人たちが踏み付け、軽い騒動が起こっているが、八乎は凜とした立ち姿を崩さない。
「何をしておるっ!! 迷惑であろうが !!」
撒菱に苦しむ人々の混乱を眺め、犬神は吠える。
「くノ一ってなに?」
「忍者だよ」
見かねたネイと御鈴姫は撒菱を拾い集め、黒桜丸も黙々と、つま先で撒菱を除けて逃げ道を確保していた。
「まだ逃げようとなさいますか !! 白影様 !!」
八乎は前方に回り込み、黒桜丸の行き先を塞ぐ。
怒りを表すよう前に張り出した顔は、気が昂ぶっているのか頬が薄ら 紅潮 していた。
「だから違うと言ってるだろうが」
黒桜丸はうんざりと言い返し、近すぎる距離を後退って調節する。
「そうやって恍けてやり過ごそうとは知恵のある! 私だってこのまま黙って引き下がりは致しません!」
結んだ癖毛を揺らしながら詰め寄り、八乎はまた腰へ手を添えると、とっておきという様に声を張り上げる。
「よいですか! 芸者遊びなど、この私と離縁いたさずとも公然となされませ!
後妻が欲しいなら、はっきりそうお申しくださいっ!」
「何の…っ話をしてやがるてめぇ!」
人目を憚らず発せられた大声に、黒桜丸は狼狽える。
後ろ背の戸は、中を覗けば妖怪の住処なれど、外面は芸者が暮らす置屋であり、そこから出てきた色男は、京の町人にとっても所帯持ちの遊び人であった。
その為、すべての同情は八乎へ集まっていた。
痴話喧嘩と思い込んだ人々が、面白半分にぞろぞろ参集するのに堪えかね、撒菱を拾い終えたネイはこそと提案する。
「あの……あそこに茶屋が――…」
「いらねぇよ! くだらねぇ気ぃ遣うなッ!!」
善意で申し出た気配りを黒桜丸は一喝し、ネイはしゅんと項垂れた。
夕暮れ時の茶屋は、本日最後の大売り出しだと、団子を値引いているので良い案だと考えたのだが、気を逆撫でただけでなくその声で余計に人が集まってくる。
自らの首を絞め、衆人環視に追い込まれた事で観念した黒桜丸は、漸く八乎の目を真っ直ぐに見据えた。
「ちゃんと聞け、俺は白影じゃねぇ」
誠実に伝えると、八乎はくりくりした目を大きく見開き、あれほど盛んに責め立てていた勢いは弱まっていった。
「……な…名を捨てたと…?」
まだ 解釈 を食い違う八乎に、これは無駄だと悟った黒桜丸は呆れて、戸に後頭部をぶつける。
「もうあの家に関わるな」
そう言い捨て、話すことはないという様に背を向けた。
そして、再び置屋の戸をこじ開け、開かぬ苛立ちを込めて拳を何度も戸板へ叩き付ける。
親から賜った名を捨ててまで関わりを絶つ、それはどんなに覚悟がいるものかと八乎は打ちのめされていた。
糅てて加えて、連れ帰るという佳との約束を、容易に果たせぬ失意に苛まれ、八乎は額を押さえて蹌踉めく。
そのまま倒れ込みそうな身体を、ネイはそっと後ろから支えた。
「あ…っ! あなたは徒渡しの…!!」
ネイ等の存在に気づいた八乎は目を丸くし、ぱっと華やかな笑顔をみせる。
「やっと気が付きおったか !! その後こやつは風邪をひいたわっ!!」
川に叩き落とされた翌日にネイが熱を出し、旅に影響が出た恨みを狛和丸は吐き出す。
顔見知りだったとは益々面倒だと思いながら、黒桜丸が延々引き戸を打ち叩いていれば、突として門戸は開いた。
戸口には、もはや馴染みとなったあの化け猫娘が二人、框に寄り掛かり、ほろ酔い機嫌でにゃ~んと黒桜丸へ秋波を送る。
強烈な酒気を食らい、思わず顔を背けた黒桜丸の両腕を捕まえ、娘等は中へ引き摺り込んだ。
連れ込まれた場面を目撃した八乎は、腕を戦慄かせ、顔を上気させて怒り、すかさず置屋へ乗り込む。
「お待ちくださいッ!! 妻たる私の前でまた芸者遊びとはッ!! 逃がしは致しませんよーッ!! 白影様ーッ!!」
二人の喧しい騒ぎ声は置屋の外まで響き、色恋沙汰を見物していた人々は笑いさざめいた。そして結末を見届け、満足した者からぽつぽつ解散する。
嵐のように巡る出会いに、やや頭が追い付いていないネイ達も、後に続いてもう一度、 百鬼館 へ足を踏み入れた。
だが舞い戻った一同を瓢羨が歓迎する筈もなく、騒々しいと邪険にされ、さらに手酷い扱いで江戸へ放り出されたのだった。
第五章 完
©️2025 嵬動新九
これにて五章が完結致しました。
ここまでお読みいただきまして、皆様、誠に有難う御座います!
高評価やブクマにも支えられ、毎日執筆を頑張れています!有難う御座います!
特に自分の書いたものに、ブクマいただいた時がめちゃくちゃ嬉しいです…!飯を抜いて書いた甲斐があります…ッ!泣泣
五章公開中に、皆様のお力で初めてランキング入りが出来ました!
(6/1 アクション:週間94位、日間32位)
(6/7 アクション:週間84位Up↑ でした!)
誠に嬉しかったです!重ね重ね有難う御座います!
次篇から本格的に日ノ本を巡る旅の始まりとなります。
とてもシリアスな内容ですが、キャラクターの成長に欠かせない回となりますので、是非物語を見届けていただけますと幸いに御座います。
六章は只今制作中で、公開日は後日お知らせさせていただきます。
今後とも何卒、落貌ノ鬼をよろしくお願い致します。
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