五章 五十一丁 褒美
過酷な鬼の宿命を知った一同は衝撃を隠しきれず、茫然自失と固まった。
そんな中、いち早く狼狽え始めたのが狛和丸である。
「す、鈴っ!! 悪しき事は言わんっ!! ここに残れ !!」
「いやーっ!!!」
言う通りにさせようと犬神は脚に噛み付くが、御鈴姫は体全体でネイへ取り縋った。
必死に泣き付く姿を見ては、力で振り捨てることが出来ず、ネイは途方に暮れる。
必要な情報を手に入れ、一先ず目的を果たした黒桜丸は、 悶着など我関せずに腰を上げた。
「ようやく立ち去る気になったか」
退く黒桜丸の背を、 瓢羨 は清々とばかりに目線だけで見送る。
「お願い! 黒桜からもなんとか言って!」
「知るか。 勝手にやってろ」
残酷に切り捨て、ぴしゃりと襖を締め切り、黒桜丸は先に座敷を去った。
他に頼る者がない御鈴姫は、ネイへ向き直り、その衣を固く握る。
「ネイお願いっ! 私っお役に立ちます…! 狛ちゃんの毛繕いも、ご飯もっ! ちゃんとあげるから !! お散歩だってできるよ!」
「犬神を飼い犬扱いするなっ!!」
出しに使われ、狛和丸は激怒する。
必死に縋り付いてくる姿に涙を誘われるが、ネイは奥歯を噛んで必死に感情を押し殺した。
「御鈴のために…ここにいた方がいい……、俺は……」
声すら涙ぐみそうになり、それ以上を言えないネイに呆れて、瓢羨が助け船を出す。
「御鈴よ、何が愉快で人間と連れ立つのだ。 其奴の果てなど一定よ、死に水を取ってやるつもりか」
その言いざまに頷きながら化け猫等はおいでおいでと手招きし、ネイも促すよう御鈴姫の身体を遠ざけた。
だが、野垂れ死ぬと鼻で笑った事で、逆に離愁を駆られ、御鈴姫の目には大粒の涙が溢れる。
「一緒にいくー!! 置いていかないでーっ!!」
ネイへ抱き付き、御鈴姫は遂に大声で泣き始めた。
「ええい! 鈴ッ!! 我が儘を言うなッ!!」
犬神が叱り飛ばせば、御鈴姫は益々泣き叫び、その声は座敷を小刻みに震わせる。
聴覚 の優れる化け猫たちは、耳を押さえてひっくり返り、足先をばたばたと藻掻き苦しんだ。
混乱の最中に、黒桜丸が襖を開けて戻ってきたが、あまりの声量に顔を顰めて戸を閉め切った。しかし寸時も置かず、黒桜丸は別の襖障子から現れ、瓢羨へ恨み顔を向けて又もや廊下に引っ込む。
一度立ち去った者には一切の関心がないらしく、瓢羨はぼうと寝そべり相手にもしない。
あれよあれよと化け猫たちが目を回す頃、漸く御鈴姫の泣き声も嗄れたが、零れ落ちる涙は止め処なく袖を濡らした。
「置いて…いかないでぇ…っ! い、一緒に……いたいよぉ…ぉ…ひっく! わたし…のこと…っひっく! もう……嫌いになっちゃった……? もう……っ一緒に…いたくない……?」
大粒の落涙を拭いながら悲しむ御鈴姫を見て、ネイは涙を滲ませこの世の終わりという顔をした。
「そ…そうじゃない…っ! また…同じ事があったら……、御鈴を護れるか………」
出来るなら共にありたいが、自分の力量では叶わぬ事を、ネイは痛切に思い知っていた。
「役に立つからぁ…っ、置いていかないでぇえ…! うぇええーん !!」
御鈴姫は再び泣き、ネイの胸に顔を埋める。
建物を揺らし、えんえんと泣きつく御鈴姫に心を痛めていれば、また後ろ襖が開いた。
今度こそ出口かと、淡い期待を抱く黒桜丸は、座敷内を一瞥するなり、げんなり両手を下ろす。それと同時に、瓢羨の痺れも切れた。
「ええい、騒々しい。 出て行け」
耳を塞がずに吐き捨て、肘掛けに扇子を叩き付ける。
すると強風が起こり、吹き飛ばされたネイと御鈴姫は、黒桜丸を巻き込んで廊下を転がり、座敷から弾き出された。
そのまま大風は絶え間なく吹き荒れ、一同は床を滑り、果てに表戸から放り出される。
戸口から飛び出した一同に、町人たちはうわっと声を上げ、関わらぬよう逃げてゆき。
履物を投げるように吐き出した表口は無造作に締め切られ、二度と立ち入るなと悪態を吐いているようだった。
身体をぶつけ合った状態で通りに倒れる一同は、固く閉ざされた引き戸を、暫く何もせず眺めていた。が、黒桜丸は上に乗り掛かるネイの背中を押しのけ、苛々と立ち上がった。
ネイと御鈴姫は未だ茫然と表戸を見詰め、やがて引き合うように顔を見交わす。
「追い出されちゃった……へへ…」
御鈴姫は睫毛の雫を輝かせて笑い、己の敗北を認めたネイは苦笑しながら頭を撫でた。
「――おい」
黒桜丸は呼び付け、土塗れの衣も払わずに町並みに見入っていた。
©️2025 嵬動新九
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