五章 四十八丁 褒美
瓢羨 は市中の 大館 にいると娘等が言うので、一同はやむなく、魑魅魍魎が 跳梁 する街へ繰り出す。
薄々不穏な気配を察していたが、それは決して取り越し苦労ではなかった。妖怪達は人間が珍しいのか、様々な手を講じておもちゃにしようとしてきた。
水路沿いを辿っていただけで、小豆を顔面へ投げ付けられ、水中へ引き摺り込まれそうになったり、あっちへ行けなどてんやわんや騒いだ果てに白粉を浴びせられる。
人間を良く思わぬ妖もいると、配慮のつもりで暗がりを通れば、脅かされた。
御鈴姫には害をなさぬのがせめてもの救いだが、人間には情け容赦がないらしく、酷いときには屁を放り、激臭に噎せ返るところに砂を掛けてくる。
終いにお歯黒に連れ込まれそうになっては、身が持たぬと打ちのめされ、二人は猛進しそれらを掻い潜った。
斯くして、瓢羨の元へ辿り着いた頃には、ネイと黒桜丸はへろへろに疲弊し、着衣や髪はとんでもなく乱れ切っていた。
そんな苦労を余所に、瓢羨は美々しい化け猫を六人も侍らせ、悠々と酒を楽しんでいた。さらには大館へこぎ着けた二人を見るなり、にやにやと 憫笑 を向けてくる。
「無様な形よの。 まぁそれなりに興はあったがな」
そう述べつつ扇子を閉じると、ネイと黒桜丸の衣服は、 転瞬の間隙すら与えずに入れ替わった。
衣が移動するその一瞬は当人にすら捉えられなかったが、猫の動体視力にはまざまざと映ったようで、娘たちはいやーんと両目を覆い、袖を羽ばたかせながらきゃっきゃと踊る。
「すごーい!」
御鈴姫は素直に感心して瓢羨の小技へ拍手を送る。
瓢羨の居座る座敷は先よりも広く、快適に過ごせるよう贅を凝らしており、欄干が付帯する窓からは星が望め、町並みも一面に見下ろせる。
そんな絶景の下で、背もたれが付いた優雅な肘掛けに寛ぎ、こうして心地良さげに時を費やしているのを見ると、駆けずり回っていたことが急に馬鹿馬鹿しく思え、どっと疲労が押し寄せてくる。二人は崩れ落ちるように、畳へ座り込んだ。
「先程の妖怪……、瓢羨…貴方を探していた」
げっそりとした面持ちで、ネイは襟を整えながら切り出した。
「ここ 百鬼館 へ忍び入り、わしの寝首を掻こうと逸る愚物など数多おるでな」
さほど珍しい事でもないと何食わぬ顔で言いのけ、瓢羨は退屈そうに付け加える。
「果てに惑ひ彷徨ふ…愚か者の一つであろうて。 どうでもよいが、大義であったのぅ」
扇子をひらひら小馬鹿にした態度で労われても、却って不満が募り、二人は眼差しで異議を唱える。
そうした素振りも興のうちなのか、瓢羨は一笑に付した。
「くくく…――五輪王御剣。 そんな様では、なまくら刀と等し並みよの」
ネイが畳へ横たえた五輪王御劔に目をやり、それをガラクタと戒める。
「あの時の……あの力を今は感じない…」
大勢を虐殺するあの光景が鮮明に蘇り、ついネイは肩を沈ませた。
「ふん…、たかが人間の小童如きに――…己惚れるでないわ」
鼻で笑い、瓢羨は突き放すように言うが、周囲の化け猫たちは、猫じゃらしを見付けたような爛々とした目で、五輪王御劔を眺めている。
「ならあの人は何故…、これを俺に…? ……――あの人は一体…」
鬼女の事を尋ねれば、瓢羨は殊更邪魔くさそうに眉尻を下げる。
「鬼の企みなぞ、さして面白うはない。 気難しく思うならば、打ち捨つるも手ぞ。 ――かようなる前にのぅ」
憐れな者と黒桜丸を指し、含み笑う瓢羨を、当人は目を合わせぬよう睨み返す。
「あの人に託されたものだから……」
ネイは静かに首を振り、御鈴姫と見つめ合う。
いつか共に 龍神寺 へ参る、そう御鈴姫とは約束している。が、鬼女はもうあの場所にいない――。
その確証のない事実を告げられぬまま、いつ叶うかも知れぬ約束を信じ、微笑んでくる御鈴姫を見ると胸が痛んだ。
そういった場面すら退屈凌ぎとしていた瓢羨は、折を窺わず、畳へ掌を叩き付けた。
©️2025 嵬動新九
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