五章 四十七丁 導
室は所々が行き止まり、その度に進行方向を変えるので、方角が掴めなくなる。しかし座敷童子は、屋敷内をすべて知り尽くしたように一同を導いた。
時々、先を行き過ぎれば不安げに振り返るが、しっかり後を追う一同を見れば、また走り出す。
座敷を一頻り彷徨い歩いているうちに、意識を取り戻した犬神は、飛び跳ねる童の背を疑り深く見詰めていた。
「……なほも奥に、迷わせる気ではあるまいな」
一向に出口の見えぬ不安をぽつりと口にすれば、それを見越したように表戸が現れた。
角を曲がった際に、漸く出現したその立派な両扉は、訪れた時に出入りした引き戸とは別物であるが、土間には全員の履物が綺麗に並べられてあった。
座敷童子は、端にある小さな下駄をさっと履き、扉を軽やかに叩く。
すると、両扉はゆっくり外側に開いた。
屋敷内へ吹き通る外の空気を懐かしみ、心惹かれるがままに戸口を潜った一同は、――唖然と凍り付く。
館へ入る前はまだ昼時で、それほど時は経っていない筈だが、辺りはすでに夕闇へ落ちていた。
軒に吊り下げられた 提灯 は赤くともり、甍を争う町並みをより鮮烈に引き立たせる。
思いの外、戦いに時を要したとしても、日が暮れるほどではなかったと得心が行かない。しかし、それよりも問題なのは、水路が巡らされた小洒落た街に、魑魅魍魎が蔓延っている事だった。
朱色で飾られた歓楽街を思わせる華やかな街を、妖怪達が我が物顔でそぞろ歩く様子は、人間を追い払って街を牛耳ったのだと誰もが誤解するだろう。
町並みが江戸と似通っている事も、思い違いをさせた一因だが、自分達が別の場所へ移された、そう捉え直せばネイはこの状況を呑み込めた。
一同が絶句したまま、前方の水路に浮かぶ河童を見詰めていると、館の扉が軋みながら閉じてゆく。
その戸口の隙間から、座敷童子は手を振って別れを告げていた。
「ありがとう! またね!」
御鈴姫が手を振り返すと、童は飛び跳ねながら頷き返し、重く重なり合った両扉がその儚げな姿を仕舞い込んだ。
なんとも短き戯れであったが、奇縁はのべつ幕無しにやって来る。
閉ざされた両扉には、左右に化け猫がぺたりと張り付いており、こっそり爪を研いでいる。そして一同に気が付けば、へにゃりと猫なで声を上げ、色気ある仕草で傷を隠した。
「にゃあ、よくぞご無事でぇ」
ちっとも心配していなかった声色で、色白の娘は媚びを売る。
これでも娘たちなりに再会を喜んでいるらしく、ひらひらと袖を舞わせ、歓迎を表わすよう街をみせつけた。
「我等、妖の常世へようこそ」
きゃきゃきゃと娘たちは簪を鳴らし、御鈴姫は嬉しそうに面を輝かせる。
「あれ、さっきのお姉さまだ!」
ちゃんと容姿を覚えていた御鈴姫へ、娘たちはにゃーんと指先を丸める。
「 瓢羨 さまが、 百鬼館 にてお待ちです」
色白の娘は街の中心に聳え立つ、もはや城と呼ぶべき館を指した。
五階建てはあろうか。
その館は 縦横 に張り、周囲の建物を支えるよう寄り添い合って 聳立 している。
窓外へ灯りが疎らに漏れ出し、木理を高度に組み合わせる事で手にした壮麗な外観は、漆喰塗りの洗練された江戸城とはまた異なる美しさがあった。
館をあんぐりと見上げるその隙に、小麦肌の娘はそろそろ忍び寄り、狙いを付けて黒桜丸の腕を捕まえる。
「その前にぃ少し遊んでゆかれますか?」
ぎょっと反り身になる黒桜丸の胸板に頬ずりし、娘はきゃきゃと戯れつく。
それに肖り色白の娘も、ネイへ飛びついた。
「またたび買ってくださいにゃぁ♡」
娘たちはごろごろと喉を鳴らして強請り、食い物の話題とみた狛和丸もそれに加わった。
「油揚げ! 油揚げはあるかっ!?」
食い意地の張った犬神は涎を垂らして興奮し、同じくして御鈴姫も、未知への期待に胸を躍らせていた。
だが、妖怪の世界は生易しいものではない。――と、この後、ネイと黒桜丸は思い知る事となる。
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