五章 四十六丁 導
恐る恐るネイの側へやってきた御鈴姫は、鬼の消えゆく様を憐れんで見下ろしていた。
「……鬼って…、こんな風に…消えちゃうの…?」
鬼の最後を自らの今際に重ね、悲痛を訴える御鈴姫に、ネイは返す言葉が見付からなかった。
御鈴姫を死なせたあの時の苦しみを思い出す度に、二度とあんな思いはしたくない、この子を守らねばと強く覚悟が沸き上がる。
二人は鬼の亡骸を眺めながら、強く互いの手を握りあった。
だが切なげに弔うそれとは相反して、面を外した黒桜丸は至って冷厳であった。
「擬きだ」
鬼と呼んでなるものかと、狐面をネイへ投げ渡す。
「…もどき?」
趣旨が掴めぬ御鈴姫は尋ねる。が、黒桜丸は身幅に合わぬ防具や、腹掛けの首元を緩めようと衣服を引っ張り、それどころでは無かった。
「鬼に、なりきれなかったものだろう…」
代わりに答えたネイを、御鈴姫は悲しげに見上げる。
真の鬼へ転じていたならば、こうは容易く討ち取れなかった。
そう考えながら、ネイは手を合わせる御鈴姫と共に、邪骨鬼の成仏を祈った。
そうして各人各様、戦いの余韻にけじめを付けていたが、何の前兆もなく、襖や障子戸が一斉に開いた。
あっと驚いているうちに、一枚、また一枚と、隣り合う室の戸口がおのずから開き。
繋がった座敷同士が、合わせ鏡のように延々と連なり、仕切りの失せた屋敷内は茫洋として何処までも広がってゆく。
言葉を無くし、広漠とした内部をぐるりと見渡していれば、後ろ手を組んだ女童が、隣り室に立っていた。
さっきまでは居なかった。
そう面妖に思う一同を、童はきらきらとした丸い目で見返し、裸足の指先をもぞもぞ動かす。おかっぱで、赤い小袖を身に着けた姿は、御鈴姫よりも幼く見えた。
「女の子? かわいい!」
御鈴姫が好意を示すと、童は嬉しそうにとてとて走り寄る。そして、 薄桜 の帯に差す 風車 を指さし両手を広げた。
「これが欲しいの?」
尋ねれば、童がうんうんと頷くので、おもちゃ屋に貰ったそれを御鈴姫は譲った。
童は待ちきれないという様に足踏み、手にしたそれに息を吹き掛ける。
ところが羽は回らず、頬を膨らます事となり、次ぎに風車を頭上へ掲げてみては、閃きのままに辺りを走り回った。
これが噂に聞く座敷童子というものかと、その遊び姿をついほっこり眺めてしまっていたが、いつの間にか童はかなり物遠い所にまで疾走していた。
回転する羽に燥いでいた童は、辺りに誰もいない事に気が付いたのか、しょんぼりと立ち止まり、寂しそうに此方を振り返る。
「ついていけばいいのかな?」
じっとその場を動かぬ訳を察した御鈴姫に、ネイは頷き返すと、共に座敷童子の元へ赴いた。
その際、ネイの肩をがしりと掴んで、引き留める者があった。
「衣を返せ」
締め付けの苦しい首元を緩めながら、黒桜丸は不機嫌面で脅し付けてくる。
ゆったりとした着心地のお陰ですっかり忘れていたが、もう馴染んでしまえばこのままでいいとネイは思い始めていた。
だが向こうは襤褸着が恋しいようで、物欲しげに、片身替わりを引っ張ってくる。
「後で」
着替えの優先順位を後回し、ネイは揶揄うように黒桜丸へ言い残す。
そのまま御鈴姫の手を取って睦まじく歩み去る姿に、黒桜丸はぴくりと眉を吊り上げたものの、渋々その後に続いた。
©️2025 嵬動新九
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