五章 三十四丁 初々しき遊戯
麦湯の担ぎ屋台は通りの一角にあり、山桜に囲まれた一等地に腰掛けを四台出していた。そこで同齢にみえる若い娘が一人でせっせと店支度を始めている。
今し方開いたばかりで急き立てるようだが、老夫婦の元で朝餉を食ベ逃し、白影は極限に飢えていた。
『 忙しいところすまんな、二つ頼む 』
湯を沸かす場面で声を掛けると、娘は柄杓を握ったまま和やかに振り返った。
『 いらっしゃ――…あぁーら !! いやんっ!! よく見ると色男っ!! 』
黒桜丸が視界に入るや、娘は女子とは思えぬ野太い声を発し、可憐な印象を打ち崩した。
そして、和傘に吊り下げた品書きを摘まみ、一瞬たりとも黒桜丸から目を逸らさずに、恍惚と内容を読み上げる。
『 桜湯に葛湯♡ あられ湯、しるこもあるけどっ♡ どれがいい??』
娘の背後には三つの釜があり、それぞれが蒸気を発して大麦と餡の香ばしい匂いを通りへ広げていた。
『 わしは麦湯でよいぞ。 主はどうする?』
『 …いらん 』
同じく腹を空かしている筈だが、つんと痩せ我慢をする黒桜丸に、白影は目を剥いた。
『 まさか…さっきのを根に持っておるのか、主は!』
『 違う、黙れ 』
散々揶揄われ少し拗ねた様子の黒桜丸の代わりに、白影は品書きを眺める。
『 くく…! うーん……、では桜湯というものにしてやってくれ。
桜を与えておけば、主は機嫌がよかろう 』
機嫌を直せと宥めるように相手の肩を叩き、白影は長椅子に連れて行く。
『 はーい! 待っててね!』
本日初めての来客を娘は喜び、うきうきと釜で煮出した大麦を濾す。
白影は肩を組んだまま長椅子に座り込むと、年寄りのように長い息を吐き、通りを眺めていたと思えば急に声を張り上げた。
『 おーい! こっちじゃこっちじゃー!』
大声にびくりと黒桜丸が身を跳ねる横で、白影は手招きをして棒手振を呼び止める。
『 へ~い! ただいま~!』
気付いた棒手振は手を振りながら、きちんと此方へ進路を変えた。
老人の振り売りはかなり遠い位置にあるが、歌を口遊んだままよてよてと辿り着き、二人の前で棒を下ろす。
『 べっぴんちゃんやなくて、ごめんよーい。 さぁて花見じゃ花見じゃ~! 旦那方ぁ~~婆さんの団子じゃぁ、どれも美味いよぉ~おお!』
老人は歌を止める事なく、桶の蓋を開き、中の品物を二人へ見せる。
二つの桶には、四色の花見団子に、草、餡、きなこなど六種類の串団子が、綺麗に分けて詰め込まれてあった。
『 味噌にぃ~草団子あ~るよ! ぉお~! 餡も~うみゃ~てぇ~え~~! 絶品じゃ~ぁ! 花見団子ぉ~お食べぇ~! 可愛い子は~お~食べぇ~~っ!』
白影は種類の多様さに感心しながら桶を覗き込み、品を選ぶ間、団子屋自作の 童歌に耳を傾けた。
『 面白い歌じゃな。 では一つずつ、お~くれ 』
器用に老人の真似をして歌い、白影は銭袋を開ける。
『 まいど~ありがと~~! ぉお~! 団子食べてみぃ~可愛い童ぇ~え~!
桜じゃぁ~桜じゃあ~~めでたいのぉお~!』
老人は団子を笹の葉に三つずつ取り分けながら更に熱唱し、通りがかる町人がひそひそ笑うので、黒桜丸は恥ずかしい思いをした。
しかし白影は気に留めず、邪魔になった手拭いを畳んで脇へ置いた。
『 いくらじゃ?』
『 二十四文じゃぁ~~団子うみゃ~よぉ~!』
笹に包んだ団子を老人は黒桜丸へ渡し、差し出す銭を白影から受け取った。
『 丁度の筈じゃ 』
『 はぉ~い! 確かに~、ありがと~――ぉお…… !? 』
団子が売れて嬉しかったのか、一層歌を盛り上げようと大口を開けた瞬間、二人の容姿を目にした老人は息を止めた。
伸びた眉毛が被さる垂れた目尻を上げ、此方をじっくり見詰め入る老人に、白影はわくわくと胸を躍らせる。一方で黒桜丸はふいと首を背けた。
歌が止んだ事で、通りはやたらと静まり返り、老人は完全に動きを停止していた。が、何の前触れも無く、息を吹き返した。
『 ありがとぉ~ね~~っ! これも縁じゃぁ~あ~! 良き日でのぉ~~! 花見じゃぁ~花見じゃ~!』
老人は何食わぬ顔で歌い出し、棒を担いで通りへ歩き出した。それに意表を突かれた白影はがくりと身体を傾ける。
『 なんだ、驚かぬのか。 待ちかねておったのに… 』
膨れ面で白影は草団子へ齧り付き、人の反応は千差万別なのだと学んだ。
『 桜の似合ふ~~色男ぉ~お~~! 麦湯も似合ふぅ~! ぅう~~! こうしちゃおれん~花見じゃあ~~!』
団子売りは目に入ったものを歌へ取り入れながら、桜の小道へ消えて行った。
©️2025 嵬動新九
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