五章 三十二丁 初々しき遊戯
農村から町へ掛けて絶えず山桜は続き、それぞれの民家が手近な桜を手入れしている事で、丈夫に育った枝は青々と葉を茂らせ、花は豊かに咲き零れている。
うららかに咲き匂う桜の木々を、潜り歩むだけで至高の感動があり、主要な街道から外れた町だが、この風景を目当てに立ち寄る旅人が多くみられるのは当然だと頷ける。
桜や町並みを眺めながら、黒桜丸を逃がさぬよう白影はしっかり肩を組んで並び歩き、口を開きっぱなしにして景色に見惚れていた。
手拭いを頭に吹き流しているため、白影の容姿を同一だと騒ぐ者はいないが、睦まじいねと声を掛けられる事がしばしばあり、黒桜丸はげんなりしていた。
『……重い!』
白影の重みが肩へ伸し掛かり、耐えかねた黒桜丸はとうとう引き放した。
しかし、突き飛ばされた当人は、千鳥足のまま桜を見上げ、よろよろと黒桜丸の元へ帰ってくる。
ずしりと更に体重を預けて凭れ掛かられ、黒桜丸は舌を鳴らした。
『 町へ出れば、中々賑わいがあるではないか。 桜に合わせ出店がちらほら…… 』
桜を祝って町はすっかり祭り化粧で、ちょっとした出店や香具師が見世物をしている。
その中で白影はとある出店を見付け、ぱっと顔を綻ばせた。
『 お、吹き矢か! 懐かしいのぉ 』
的屋には、すでに五人の子供が群がっており、その微笑ましい様子を見て、白影は感慨深げに息を吐いた。
『 よく弟達と遊んだものじゃ。 ほれ、わし等もやるぞ!』
『 はぁ…?』
白影は子供のように遊びに誘うと、薪割りで疲れ果て活力の失せた黒桜丸を、否応なしに出店へ引っ張った。
的屋へ着けば、最後の子供が矢を外したところの様で、間延びした落胆の声が店先に流れていた。
『 いらっしゃい! おおっ、あんた方ぁ~ちと上手だねぇ? こりゃあ~上物が取られちまうやも知れんわ!』
此方に気が付いた的屋の親父が朗々と言えば、童らはすぐさま二人を囲い、口々にばらばらな話題を投げ掛けてきた。
『 どえりゃ~!! 刀だっ! 侍だ!』
『 おれ、飴もろたよぉー!』
『 なぁなぁ! 双六あたったらぁちょーだい!』
まったく別の事をいうので困ってしまうが、取り敢えず正面の男児の話を白影は拾い上げた。
『 おお、良いぞぉ。 双六のぅ… 』
景品と的を見ながら、白影は早くも二人分の料金を支払う。
童が欲しがる絵双六は、さいころを振ってマスを進める遊びで、庶民にとってはとても馴染みあるものだった。
それほど高価な遊具ではなく、親に強請れば買って貰えるだろうが、自分達で手に入れたいと目が訴えていた。
有名な絵師が描く事から絵双六を観賞用に集める者も多く、歌舞伎や妖怪、神社など様々な題材のものが世に出回っている。
この的屋が扱う絵双六は、江戸の名所回りができ、鮮やかな色彩で描かれた錦絵が、確かに遊び心を擽る。が、大抵の大人は双六よりも目玉の金子に目が眩むものだろう。
次ぎに的を見た白影は、こりゃまずいと顔を顰めた。
『 外にあるのかぁ。 あれは難儀するぞ 』
赤い円盤に、小さな的が散りばめて配置され、的には得られる景品の絵柄が描かれてある。
絵を射抜けば景品を貰える、表向きは簡単な遊びだが、始める前に円盤を回転させるため的が動き、狙う場所に当てるのは極めて難しい。
円の縁にあるほど的は回転し、矢が遠心力で弾かれやすくなり端に配置された双六を得るのは容易ではない、そして当然ながら、目玉の金子は更に端にあった。
吹き矢をまだ極めていない白影は、片割れの実力みたさに意気込みよく吹き矢を差し出した。
『 よし、童の為にやってやれ。 さぁ吹け!』
しかし、黒桜丸は吹き矢を突き出された途端に狼狽え、この場を去ろうとする。
『 知るか…! やらねぇ 』
『 待て待て 』
白影は素早く襟を摘まんで引き留める。と、声を揃え嘆いていた童たちは、立ち塞がるように前方へ回り込み、黒桜丸へ抗議する。
『 なんでなんでー !? わかった! やった事ないんやろー!』
『 うそ~! そんな人おらんよ~!』
『 それかへったくそなんやー!』
囃し立てられても黒桜丸は言い返さず、決まりが悪そうなその様子を眺めるうちに、遊びに出た経験がないと白影は勘付いた。
それは推察通りで、家族は勿論、友人すらない男にとって、遊びなど未開の領域だった。そんな身の上の者が子供の扱いなど、不慣れなのは当たり前で、幼いほど思ったままを言い平然と踏み入ってくるので、黒桜丸の手には余った。
『 仕方がないのぉ、わしが先行してやろう。 よぉーく、心して見よ 』
自分の頭の手拭いを黒桜丸の顔面に預け、白影は自信ありげに的へ歩む。
『 あれ !? あれあれっ!? 』
白影の素顔を見た童と親父はぎょっとして二人を見比べる。が、手拭いが邪魔をして黒桜丸の容姿を確かめられなかった。
『 こうして筒の矢を、回る的へ当てればよいだけだ 』
身振りを加えて手順を教えると、黒桜丸の面を未だ執拗に覗き込む親父へ声掛ける。
『 どうした? 吹いてしまうぞ。 回さぬでよいのか?』
促され、親父は己の役目を思い出す。
『 あぁ…と…! ――それっ!』
円盤が回ると絵柄は掻き消え、赤と白のみが延々円を描くそこへ。――思い切り吹き矢を放つ。
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